施主の想いを理想的な形にした、自然とともに暮らす家
ミツバツツジが自生する高台に建つS邸。大きな開口部の向こうには山々が広がり、春山に萌える新緑、夏の深い緑、錦秋の山、そして雪景色と、四季の移ろいが楽しめます。多種多様な木々を植樹した広大な庭には鳥たちが集まり、そのさえずりで目を覚まし、高台を抜ける風と射し込む光を肌で感じ、虫たちの声のBGMに耳を傾ける……。そんな「自然とともに暮らしたい」というSさん夫妻の想いを形にしたのは、空間設計aunの宮崎 晋一さん。建築に造詣が深い施主とともに二人三脚で創り上げた理想の住まいをご紹介します。
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施主と建築家の思いはひとつ、長く愛される「いい家を建てたい」
「はじめての打ち合わせの際、施主のSさんが用意されていた膨大な資料には驚かされました」と宮崎さんは振り返る。間取り図はもちろんのこと、Sさんが思い描いていた家や庭の写真、外壁の材質、内装のテクスチャー、さらにはこれから建てる家の完成スケッチまで、さまざまな資料がクリアファイルにきれいに収められていたという。
「お施主さんは建築が好きな方で、すごく勉強されていました。お会いしたときにはすでにSさんの頭の中で家のイメージが完全にできあがっていましたね。(自分の意見は)もう入る余地がないのかなと、少しばかり不安もありました。でも、お施主さんのイメージを最終的に超えるプランを提案したいという考えも同時に芽生えました」。こうして、施主とともに二人三脚の家づくりがはじまった。
施主の要望のコア部分は「この土地と自然が大好きで、自然とマッチする山荘風の家を建てたい」というもの。持参された完成スケッチもこぢんまりとした山荘風の建物だった。聞けば吉村順三が好きだ、とも。
「自分も吉村順三氏の作品が好きでしたので一気に意気投合。基本的に目指している方向は同じで、感性も似ているということを確認できました。自然に敬意をはらい、見栄を張らず、簡素で美しい建築。その時の感情に流されることなく、永く愛される建築を目指しました」と宮崎さんは語る。目指している方向はただひとつ「いい家をつくりたい」ということだ。
ただ「いい家がつくりたい」という方向性は同じでも、その方法論は同じではない。感性が似ているといっても、まったく同じというわけでも当然ない。打ち合わせを重ね、細かい要望までヒアリングしたうえで第1案を提案するも、「最初のプランは山小屋をイメージした片流れのプラン。でもお施主さんは『雰囲気が違う。屋根は切妻がいい』とお気に召されませんでした」と宮崎さん。ならばと切妻屋根の第2案を持っていったところ、「お施主さんとは基本的に合意はしたんですけど、自分のなかでモヤモヤしてて、どこかしっくりこなかった」と、今度は宮崎さんが悩みはじめる。第3案でお互いに納得できるプランができあがり、実施設計に移ったあとも微に入り細にわたり幾度となく意見を交換したという。
「お施主さんも僕もこの家に対する思い入れが強かったので、お互いに安易な妥協をしませんでした。納得がいくまでとことん話し合い、ときにはお施主さんに『もうやめる!』って言われるかも知れないとビビりながらメールをしたことも。でもお施主さんは建築に造形が深く、勉強家で、なによりも『いい家がつくりたい』という情熱がある方だったので、こちらの提案もきっと分かってくれる、受け入れてくれるという思いはずっと胸の内にありました。とてもいい信頼関係が築けたと思います」。
結果、「当初のイメージとは異なっていますけど、お施主さんの要望を100%満たしたつもりです」と宮崎さんが力を込める「いい家」が完成した。
建築家冥利に尽きる「この家が一番気持ちがいい」という言葉
敷地の東側に位置するエントランスから入ると、まず端正な石積み屏が目を惹く。施主の希望は外壁に木と石を使いたいとのことだったが「外壁材として石を貼ってしまうとどうしても安っぽいハリボテのような感じになってしまいます。ですので建物から切り離して、貼るのではなく積んで、石積み屏としました」。石は郡上で採取される和良石。自然の石を加工せずにそのまま積み上げる野面積みだ。隣家からの目隠しとなると同時に、力強いアクセントをこの家に与えている。
ファサードの軒先は「正面から見て『どうだ!』という構えた外観にはしたくなかったので低く抑えました」。加えて、片流れの大屋根が視線を空へと自然に誘ってくれる。駐車場スペースは、大屋根と石積の壁により、自生するミツバツツジを切り取った景色とすることで、訪問者をもてなし、住人には我が家に帰ってきたという安心感と喜びをもたらしてくれる空間とした。
家の裏にまわると、ダイニングキッチンとリビングにつながる広々としたウッドデッキと、芝生の庭、その先には自然の林が広がっている。デッキ先端まで伸びる深い軒によって、多少の雨が降ってもウッドデッキで快適に過ごすことができる。リビングの南西角に設けた大きな開口部は「生活の一部として自然を感じられる居心地のいい空間」を十二分に実現。家の中にいながら季節ごとに変わりゆく風景を飽きることなく眺められるようになっている。
「窓の外の景色を見ながら、光を感じ、風の音、小鳥のさえずりを聴き、木の匂いと肌触りがする“五感で楽しむ住まい”です」と宮崎さんは語る。
家の中に目を転じると、ここでも施主と建築家の思い入れが随所に見て取れる。「1階のフローリングは色が濃いめのウォールナット、2階にある主寝室とオーディオルームには肌触りのいいサワラを使っています。玄関には白河石を敷き、インナーテラスは大谷石です」と、場所によって異なる材を使用。天井もリビングは緩やかにカーブした漆喰天井、1階ゲストルームは化粧垂木天井、そして主寝室の天井は、なんと茅! しかも茅天井の美しい表情を損なわないよう、ペンダントやシーリングライトではなく間接照明を採用したという。
キッチンはシンプルなステンレス製のオーダーメイド。「奥さんは料理がとても上手な方で、ほとんどプロといってもいいくらい。その奥さんが見つけてきた岐阜のキッチンメーカーにつくってもらいました。独特の緑色をした壁のタイルもオリジナルのオーダーメイドです」と宮崎さん。大きな窓がついた開放的なキッチンは、奥さんのお気に入りなのだそうだ。
家だけでなく広大な庭についても触れておきたい。約650坪という敷地に、コナラやヤマザクラ、モミジなど多種多様な樹木を植樹した庭は、建物の工事よりも先行して行われた。「お施主さんの要望は家が完成したときに庭もある程度ちゃんとなっていて欲しいということでした。ですので、一次工事でまず庭をつくって、その次に建物をつくりました」。敷地の一角には家庭菜園も。そこで収穫した野菜が食卓を飾ることも珍しくないとか。春になるともともと自生していたミツバツツジが咲き、より一層華やかな雰囲気に包まれるという。
さて、施主と建築家がたっぷりの思い入れを注いで、3年以上の歳月をかけてつくりあげた家は、当面は別荘として使い、リタイヤした後にこの家に移り住む予定だったという。しかし完成して半年も建たないうちにそれまで住んでいた家を売り、こちらに住むことに。旅行好きなSさん夫妻曰く「どこのリゾート地よりもここが一番いい。この家が一番気持ちがいい」と。建築家冥利に尽きるその言葉は、この家に対する施主の深い愛着と満足、そして、「自然とともに暮らしたい」という夢を手に入れた大きな喜びにあふれている。
宮崎 晋一
空間設計aun
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