「45度回転」はメリット満載。多様な居場所と、のびやかな広がりを
家をつくるならぜひ欲しい、「広々としたLDK」。だがワンルームの大空間をどんなLDKにするかは、設計者のセンスやスキルで大きく変わる。では、建築家の片山正樹さんの場合はどうだったのだろう? 「大田区の家」から片山さんの設計の魅力を探る。
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絵本から抜け出たような家の中に、「斜め」を多用したスキップフロアのLDK
Fさまご夫妻と小さなお子さまの3人家族が暮らす「大田区の家」は、その佇まいがとにかくかわいい。きれいな三角形の切妻屋根、垂木(たるき:屋根を支える構造材)が見える深い軒、バランス良く配された小さな窓、温かみのあるウッドフェンスで囲まれたバルコニー……。東京・大田区にある2階建ての木造住宅だが、もしかしたら裏手に白樺林でもあるのではないかと思うほど、青空や緑の木々が似合うナチュラルな魅力にあふれている。
家を建てると決めたとき、最初はハウスメーカーに足を運んだFさま。しかし要望に対して「できない」といわれることが多く、建築家の片山正樹さんに相談。するとハウスメーカーではNOといわれたことも、「できますよ」との答えが次々と返ってきて、片山さんへの依頼を決めたという。
かくして完成したのが、冒頭でご紹介したかわいい佇まいの「大田区の家」だ。けれど、この家の真の魅力は内部にある。中でも力を入れてご紹介したいのは、「インナーテラス」「開放的なリビング」といったFさまの要望を形にしたLDK。片山さんいわく「LDKの平面は45度回転させて斜めの線を多く使い、スキップフロアも取り入れました」とのこと。
正直、そう聞いたときは、何がどうなっているのかすぐには想像がつかなかった。でもよくよく話を伺うと、片山さんのこのアイデアは、住まいにうれしいメリットが盛りだくさんだったのだ。
設計の力で空間の広がりと居場所を創出。朝日~夕日まで、1日の光を感じる住まい
「大田区の家」の2階は正方形のワンフロアをまるまる使ったLDKで、片山さんはこの正方形の4隅に、階段、キッチン、バルコニー、畳の小上がりをレイアウト。その上で、階段とバルコニーを結ぶ対角線上に、リビング・ダイニングを配置した。これが、「45度回転」の種明かしだ。本当に建物をずらしているわけではなく、平面の使い方を45度斜めに振り、メインの居場所となるリビング・ダイニングを斜めに配することで最大限の奥行きを取ったのだ。
一方、床は、キッチン→リビング・ダイニング→バルコニーや小上がりにかけて徐々に高くなるスキップフロア。天井は構造を見せる現し仕上げで切妻屋根の形を生かしており、リビング・ダイニングの上が最も高い勾配天井となっている。
この「45度回転」「スキップフロア」「勾配天井」をかけ合わせた空間を実際に体感すると、大きなメリットがあることに気づかされる。
メリットの1つは、空間を広く感じる効果だ。階段をのぼって2階に入ると、そこから対角線上に広がるリビング・ダイニング、その先のバルコニーや外の景色まで視線が通り、実にのびやか。天井の高さも相まって、「開放的なリビング」という要望へのパーフェクトなアンサーになっている。しかも、バルコニーは少し斜めに室内に入り込んだような半戸外空間で、「インナーテラス」との要望もクリアしているところがすごい。
もう1つのメリットは、LDKという大きなワンルーム空間に多様な居場所ができること。45度斜めに振り、4隅もフル活用した平面は視線の向きのバリエーションを豊富にし、高低差を生むスキップフロアや勾配天井は空間の体感バリエーションを豊富にする。その結果、「天井が高く、外まで見渡せる開放的なリビング」「少しこもり感があって落ち着く小上がり」など、居場所ごとに異なる居心地を楽しめて、暮らしの満足度がいっそう高まる。
こうしてできた豊かな空間を、さらにグレードアップさせているのが「起伏が美しい天井デザイン」と「時間帯ごとの自然光」だ。
この家は切妻屋根だが、片山さんは屋根の一部(道路からは見えない)を90度回転させて、LDKの天井に起伏の変化をつけた。LDKは現し天井なので、異なる方向から垂木が延びて合わさる複雑な美しさが生まれ、LDK全体がアートのよう。屋根の回転による隙間を利用した三角形のハイサイドライトなど、外部の視線が入らない窓も多数あり、道路側以外の3面は隣家があるにもかかわらず採光は抜群。、東西南北全てからの光が届き、時間帯ごとに日差しや空の変化を感じる気持ちの良い住まいとなっている。
特注の「への字」型キッチンの狙いとは?個性的なのに、なぜか落ち着く理想の空間
内装などの仕上げについてもご紹介したい。
Fさまは木がお好きで、木工家具の作家さんがつくったダイニングテーブル、ソファなどの木製家具や無垢のクルミ板などを所有しており、内装はそれらと相性の良いテイストにすることを望んでいた。先述の垂木を見せた現し天井も、この要望へのアンサーの1つ。ほか、片山さんは、壁は漆喰系、床はオークの無垢材と内装素材を厳選し、木材とその他の素材のバランスも丁寧にチューニング。重々しい山小屋化を防ぎ、木の温かみがちょうどいい洗練された空間をつくり上げた。
LDKの印象を左右する、オープンキッチンにも力を入れた。キッチンは既製品ではなくオーダーメイドで、面白いことにカウンターが「への字」型。これは、「横一直線のカウンターを置くよりは、への字に曲げたカウンターを隅に配置するほうが空間を広く使える」という片山さんのアイデアによるもの。側面はFさま所有のクルミの無垢板、天板はツヤのないバイブレーション仕上げのステンレス。水栓もマットな質感にこだわり、空間の木の雰囲気に溶け込ませている。
「昨今の住宅では、大きなワンルームのLDKがスタンダード化しています。だからこそ、広い1室空間の中に、どのようにして多様な居場所をつくるか、どのようにして豊かな居心地を生み出すか、毎回ものすごく熟考します」と片山さん。
「大田区の家」のLDKは、そんな片山さんの熟考が大きく花開いた空間の1つだ。単調さとは無縁で、光や風を感じる多様な居場所があってワクワクする。何より注目すべきは、個性的なのに奇をてらった印象はなく、ナチュラルにくつろげる「個性のさじ加減」の素晴らしさだ。ありきたりではないオリジナリティと、心落ち着く居心地の良さを両立させる──。多くの施主が注文住宅で最も期待するであろうことを、片山さんは見事にやってのけている。
撮影:西川公朗
片山 正樹
片山正樹建築計画事務所
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