庭の心地よさを取り込んだ、リビングが暮らしの中心にある平屋
奥様の実家でもある築100余年の家を大切に守り、暮らしてきたSさんご夫婦。ご子息が巣立ち、夫婦二人のこれからの暮らしや耐震性への不安を考慮して、建て替えることにしました。Sさんご夫婦のリクエストは心地よく暮らせる平屋。石川さんが提案したSさんの住まいの工夫をご紹介します。
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庭に抱かれ、緑と光と風に恵まれたリビング
現代アートが好きだという石川さん。そして、施主のSさんは、金属やカーボンを焼き上げて彫刻作品を創作するアーティスト。ギャラリーでの出会いを縁にSさんのアトリエの設計・建築を石川さんが手掛け、このたび自邸の建て替えも託されることに。Sさん夫婦からの要望はどのようなものだったのだろうか。
「ご夫婦二人で住みやすい家。具体的には、暮らしやすさと耐震性を兼ねた平屋であること。庭を眺める大きなリビングがほしいということでした」と石川さん。まず、耐震性の観点から平屋を鉄筋コンクリート造にして構造的な強さを担保。そのうえで、庭の緑と光と風をリビングに取り込むいくつかの工夫を凝らした。
一つは間取り。リビングの南に元々あった庭を残しつつ、北側にも新たに庭を造成。リビングの南北両面に庭を配置し、双方に設けた広大な開口部からたっぷりと緑を取り込み、風が抜ける気持ちのよい空間とした。南側にはリビングの床から連続するテラスを設け、内と外のつながりや一体感を持たせている。一方で庇は低く抑えて外側に張り出すことで、夏の厳しい日差しを遮り、涼しく過ごせるように仕上げた。
また、リビングの天井高がほかの部屋よりも一段高いため、より伸びやかで広がり感のある印象を受ける。屋根を一段上げたカ所にはスリット窓を入れ、光を取り込み天井にバウンスさせて明るさを相乗する効果も狙ったという。
「構造は鉄筋コンクリートですが、屋根だけは鉄骨です。上部を軽くすることで構造的な負荷を低減しつつ、屋根が浮いた感じでのっているニュアンスを出したかったんです」と石川さん。しかし、リビングをすっぽり覆う巨大な屋根は、のせると鉄骨がたわんでしまうおそれも。そこで、たわみを計算し、屋根をのせると重さで水平になるように、逆向きに湾曲させた鉄骨を用いることに。まさに、石川さんの建築家としての知識と経験則があってこその仕上げだ。こうして、Sさんご夫妻が望む心地よいリビングが、計算し尽くされて出来上がった。
施主との密な会話と関係で進める家づくり
施主自身が素材や造形に矜持を持って作品を作るアーティストだけに、S邸ではさまざまな部材や作り込みにまでこだわって施工が行われた。
例えば、玄関から納戸・書斎へと続く廊下とテラスに用いたタイル。これはSさんとともに岐阜県瑞浪市の『織部製陶』へと足を運んだ。いくつものサンプルを選び、「少し青みがかった色で」と要望を伝え、何種類か試作を焼いてもらい決定したという。最終的には青で濃淡をつけた3パターンのタイルを、ランダムに組み合わせて張り込んでいる。「玄関から家のなかの床にまでタイルを引き込むことで、動線をわかりやすくするとともに、内と外の境界を曖昧にする効果ももたらしています」と石川さんは話す。
さらに、壁は強度が高く割れにくい砂漆喰、リビングの床は足ざわりの良いヨーロピアンオークの無垢材、バスルームの壁はガラスモザイクタイル、コンクリートは杉板の型枠を使って木目模様に仕上げるなど、多岐にわたりこだわって吟味を重ねた。
また、庭も石川さんがベースデザインを描いた。元々あった南側の庭は池を埋め、砂岩を敷き詰めて回遊できるように。北側の庭は花崗岩を敷き、新たに植栽を入れて造成。凹型の建物の真ん中にあたるリビングからは、北側の庭を通して自邸の寝室が目に入るという、どこか高級旅館の離れのような位置関係も印象的だ。
アトリエの設計・建築という経験があり、施主の好みをあらかじめ把握していた石川さんだが、常に心がけているのは、とにかく“話をする”ことだという。「要望や暮らし方だけでなく、いろいろな話をたくさんします。そこから施主の人となりや生活が見えてくると同時に、私のことも知ってもらえます」。Sさんとも古くから親交がありながら、1年半~2年をかけてじっくりと話をしながらプランを練り込んでいった。
建築家に自分の家を任せるということは、自分の家族構成や暮らしぶり、価値観をそっくり晒すことでもある。だからこそ、自分を深く理解してもらえ、共感できる、信頼のおけえる建築家にこそお願いしたい。石川さんとSさんは、そんな良き関係を築き上げ、終の棲家となりえるS邸を完成させた。
石川 英樹
石川英樹建築設計事務所
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