ハイサイドライトから風が通り抜ける家 八潮の家

「帰ってきたときにウチが見えてくると、思わずムフッとニヤけてしまう。」
まさに、つくり手冥利に尽きる言葉です。経験上、こんな言葉をいただけるのは、家づくりのエッセンスがバランスよく揃ったときなのです。家づくりでは、目を向けるべき多くのことがあるということは想像に難くないでしょう。しかし何かに特化しすぎてバランスを崩すと、角の立った嫌な心象が浮かんでしまいます。目指したいのは、もっと滑らかな感じ。するんと丸いのどごしなのです。

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この家づくりに住まい手が望んだ主なことは2つ。しっかりとした耐震や温熱環境などの性能と、ちゃんとした意匠性です。この2つを「妥協」ではなく「調和」で両立させるつくり手を求めていただいたことが、出会いへとつながりました。はじめてみれば、もちろん性能と意匠性の他にも、暮らしぶりや予算といった要素とも向き合わなくてはなりません。性能と意匠にこだわり過ぎないように注意をしながら、重ねた打合と試行の末、納得できる家のかたちが浮かび上がってきました。

打合と試行の結果、およそ25畳のひと間続きのLDKを2階に配しました。私自身も好きだし、今回もご要望をいただいたので、和風とも、北欧デザインとも言えるやさしいモダンテイストに仕立て上げています。天井の中央は屋根を一段持ち上げて吹抜を設けていますが、これは冬場の採光や夏場の風通しについて特に効果を発揮するのです。敷地のポテンシャルを引き出すのが信条ですから、今回も方位をしっかりと確認し、太陽との呼応をシミュレーションし、その分析結果を間取りに十分練り込んだ計画です。

大槻夏路 casabon.co.jp

「使い勝手」とは不思議なもので、いつもいつも図面に書いた部屋名を乗り超えてしまいます。だから間取りは「部屋」ではなく、そこで起こる人の動き=「行為」を下敷きにして描きます。すると、ずっと豊かな間取りが立ち現れるのです。これ、家づくりの秘訣のひとつです。たとえばこの家の場合、LDKの傍らにご主人の書斎となるデスクコーナーを設けました。具合の程を伺ってみると、以前の暮らしにあった廊下の先の個室の書斎より、ずっと机に向かう時間が多くなったとか。暮らしを大らかに受け止めてくれる家の方が、なんかいいなぁと思うのです。

障子の組子は思いのほか遊ぶことが出来るのです。3本の障子は間仕切となり、LDKの一画から個室を切り取ります。

上のイラストは、LDKの断面。吹抜のハイサイド窓から射込んでいるのは、冬の朝の陽射しをシミュレーションしたものです。逆に遮りたい夏の陽射しは、方位も角度も異なるので、このようなダイレクトゲインにはなりません。このハイサイド窓、右の写真のように開閉します。室内の熱を外に掃き出したい夏は、この窓から効率よく排熱するのです。もしノートパソコンでご覧になっていたら、画面を逆さまにしてみてください。LDKを水槽だと思っていただき、水を貯めて吹抜けの窓を開けると、その水が外へ流れ出していく様子を思い描くことが出来るでしょう。丁度そんな具合に熱が家の外へと流れ出していくのです。

さて、ここでもう少し広い視点で建物を眺めてみましょう。じつはこの敷地、南西側に6階建ての集合住宅がそびえています。冬は、少しでも陽射しを室内に採り込みたいのに、時間と共に徐々に日影がこの家を呑み込んでしまいます。上の画像はその様子をシミュレーションしているところ。時間は12月20日の14:00。この30分後には、すっぽりと影に包まれて、十分な太陽熱を得ることが出来ないと判りました。

もし午後も十分に太陽熱が得られるのであれば、定石どおり「蓄熱」の技を使うところなのですが、この条件でそうすると、室温がなかなか上がらないLDKになってしまいます。この条件で大事なことは、熱を貯めるより、逃がさないこと。だから、「保温性能」を最優先にして予算を割当てる判断をしています。本に書いてあることをそのままやるのは生兵法。周辺との関係をよく見つめないと、むしろ痛い目にあってしまいますからご注意を。

LDK以外の所要室をまとめた1F。
扉を開けておくと、ほの暗い廊下に2つの個室から光が射し込みます。明暗の差をつける演出は、気持ちを落ち着けるのにとても効果的です。個室の扉が閉じているときも、階段から忍び込む光のおかげで、真っ暗にはなりません。この家を訪れた人は、まず玄関で薄暗がりをくぐり抜け、階段から降りてくる光を辿って明るい2Fへと自然に導かれてゆきます。

上の写真は、予備の間。2本引込みの戸を閉めると廊下から切取られて個室になります。そして下の写真が寝室。窓を絞り気味に計画することで、穏やかな雰囲気を作るのと同時に、温熱的にも安定しやすい環境を調えることができます。

LDKのような大きなボリュームを持つ場所では、色味は家具や調度品に任せるようにして、あまり建物を装飾しないことをお勧めすることも多いのですが、個室となる場所では、むしろ建物に彩りを与えて趣きを変えるというのも面白いものです。入口を抜けて、おもむろにシーンが切替わると、気持も一緒に切替わるのです。たとえばLDKから続くフレッシュな白が寝室に入ると同時に柔らかなクリーム色にわずかに変化するだけで、気持ちが緩むというか、安心感を覚えるというか。そんなことがおこるのです。

1Fの水まわり。
ここに、洗面・洗濯・脱衣に加え、衝立の後ろにはトイレも揃っています。他に比べてグッと白さを引き立て、既製品を並べるだけではなく、少し造り込んだことも、このスペースに雰囲気を与えています。

本当は、ここで紹介したことだけではなく、暖房機器やサッシの選定にも検討と打合を十分に重ねてあるのですが、いくら書いても切りがないので、それはまた次の機会に。なにより、今回も敷地の個性と向き合った、使い心地の良い家ができました。

竣工:2014年
延床面積:100.06㎡ 木造(在来軸組工法) 2F
設計:田村貴彦
施工:株式会社 参創ハウテック
撮影:大槻夏路

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