「ボレロ」【松本路子のバラの名前・出会いの物語】
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バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによるバラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、フランスの作曲家、ジョゼフ=モーリス・ラヴェルが作曲したバレエの名曲の名前を冠したバラ「ボレロ」をご紹介します。
ラヴェルの曲「ボレロ」
今年5月のバルコニーでひときわ華麗に咲いたのが、我が家に来て十数年目の‘ボレロ’という名前のバラ。‘ボレロ’はフランスの作曲家、ジョゼフ=モーリス・ラヴェル(Joseph-Maurice Ravel/1875-1937)が1928年に作曲したバレエの名曲の名前を冠している。1980年代から多くのバレエ・ダンサーの肖像を撮影してきた私にとって、ボレロの曲と踊りには特別な思いがあった。
同一のリズムが続く中で2種類のメロディが繰り返される曲は、単調でありながら、その官能的ともいえる響きと多彩な音色で、記憶の中に鮮やかに存在している。バレエの舞台に限らず、意外な媒体や場面で突然曲が流れることもあり、ドキリとさせられる。
曲の誕生物語
ラヴェルに作曲を依頼したのは、ロシア、サンクト・ペテルブルグ出身で、フランスで活躍したバレエ・ダンサーのイダ・ルビンシュタイン。彼女は1909年、パリにおけるバレエ・リュス(ディアギレフ主宰のロシア・バレエ団)の公演に参加し、主役のクレオパトラを演じるなど、当時の美意識を象徴する女性だった。後に自らのバレエ団を立ち上げ、ラヴェルにバレエのための曲を依頼している。遺産相続で得た莫大な財で、ベル・エポックの芸術家たちのパトロン的存在でもあった。
ボレロは20世紀バレエ団のモーリス・ベジャールが振り付け、1979年からジョルジュ・ドンが踊ることで世界的に知られるようになったが、最初は女性の踊り手のために創られた曲だった。
舞台「ボレロ」
ボレロはスペインで18世紀に作られた舞曲の名前に由来している。バレエの設定舞台はセビリアの酒場。ひとりの踊り子が円形の台の上でゆっくりと動き始め、やがて踊りは速いテンポを迎える。後半、客たちが台を囲んで粛々と踊る群舞が加わり、クライマックスに至る。
舞台は太古の時代に神に捧げられた踊りを彷彿とさせる、祝祭的な様相を帯びている。ベジャールのボレロは彼が認めた踊り手にのみ、演ずることが許された。私が生の舞台を見ることができたのは、ジョルジュ・ドンとシルヴィ・ギエムのもの。ほかは映像でしか見ていないが、この2人に加えマイヤ・プリセツカヤ、ニコラ・ル・リッシュのボレロが秀逸だと思える。それぞれの踊り方に違いはあるが、見る人を引き込んでしまう迫力は共通している。
映画「愛と哀しみのボレロ」
クロード・ルルーシュ監督が1981年に発表した映画「愛と哀しみのボレロ」で、ボレロの曲は世界的な知名度を得た。映画ではパリ、ニューヨーク、モスクワ、ベルリンを舞台に、4組のカップルとその家族の人生模様が描かれている。ダンサーのルドルフ・ヌレエフ、指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤン、歌手のエディット・ピアフ、音楽家のグレン・ミラーと、世界的な芸術家が登場人物のモデルであるといわれている。
映画は彼らの波乱に満ちた人生を3時間という長さで描き、そのラストシーンで、ジョルジュ・ドンが15分にわたり踊るのがボレロ。エッフェル塔の下、夜の野外で繰り広げられる踊りは圧巻で、この映画でボレロに魅せられたという人も少なくない。
ジョルジュ・ドンの思い出
ジョルジュ・ドン(Jorge Donn 1947-1992)の肖像は、公演中の楽屋などで何度か撮影している。彼はボレロについて、踊りというより「儀式」のようなものだという。そして15分の舞台の間、とてつもない集中力が必要なのだと語った。広い会場を満たすほどのエネルギーと存在感を以て、見るものを圧倒する伝説の舞台はそのようにして生まれたのだ。
舞台上では官能的で野生美が匂い立つような踊りを見せる彼だが、素顔は寡黙で思索的なたたずまいの人。禅に興味を抱き、十数年にわたりその世界を探求していた。ある時、ファンから大きな赤いバラの花束が届き、それを抱えた彼がポツリと「僕は白いバラが好きなんだ」とつぶやいた。その時のちょっと淋しげな表情が今も忘れられない。
バラ‘ボレロ’
‘ボレロ’は2004年にフランス、メイアン社によって発表された、クラシカルな花姿のバラ。咲き始めは花の中心部が淡いピンク、ときにはクリーム色に彩られ、開花にしたがい白バラとしての優美な姿を見せる。その色の変化が楽しい。
花径は約10cm。四季咲きで繰り返しつぼみを付ける。樹高は1m前後でコンパクトなので、ベランダなどでの鉢植え栽培にも適している。イングリッシュローズの中でも香りが際立つ‘シャリファ・アスマ’を片親に持ち、甘くフルーティに香る。耐病性に優れ、暑さにも強い強健なバラで、比較的育てやすいといえよう。
ゆったりとした気分で花を見ていると、ラヴェルの曲とジョルジュ・ドンの舞姿が目に浮かんでくる。‘ボレロ’は私にとって、甘美な時間をもたらすバラの一つなのだ。
Credit
写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』『DANCERS エロスの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-20年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。
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