【小さなお店 #4】蔦だらけのテントを目指して。看板のない洋菓子店

出かけた先で出合ったとびきりディープなお店。近所でひいきにしている「売り切れ御免」のおいしいパン屋。誰かに言いたい! だけどやっぱり内緒にしておきたい……。この連載では、そんな、見つけたことを大切にしておきたくなるような「小さなお店」を紹介しています。

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今回ご紹介するのは、わたしが引っ越し先を探していたときに出合った、小さな洋菓子店。次に来たときもちゃんとあるかな? 夢だったんじゃないだろうか? 確かに味わいは記憶されているのに、なんだか幻だったような気がして。いまだに扉を開けるときには、物語の中へ入っていくような感覚を覚える、不思議なお店です。

創業1968年。洋菓子店〔ローラン〕、まもなく50歳

京王井の頭線の三鷹台駅。長年、ほとんどその様子を変えない、とても静かな街。そんな三鷹台駅からほど近くに洋菓子店〔ローラン〕がオープンしたのは、昭和43年(1968年)5月のこと。

三鷹台駅から井の頭公園駅方面へ、線路と平行して続いている道を少し歩くと、右手に蔦で覆われた青いテントが現れます。草木が元気な時期は、青いテントが見えないほど蔦に覆われていることも。

看板はありませんが、扉を開けた正面には、晩年を調布市仙川で過ごしたという武者小路実篤の筆による「露卯蘭(ローラン)」の書が、まるで店番をしているかのように存在感を放っています。

ショーケースの中に並ぶケーキのすべてを、たったひとりで作り続けているのは、店主の阿(ほとり)さん。「お店を休んでも結局仕込みはしなきゃいけないから」と決まった定休日はなく、毎日ケーキを焼き、毎日お店を開けて、まもなく50周年を迎えます。

三鷹台の宝。唯一無二のショーケース

初めて〔ローラン〕で買ったのは、チーズケーキでした。母が昔焼いてくれたベイクドチーズケーキを思い出すような焼き色にひと目惚れ。それから訪れたときには必ず購入しています。もうひとつ、2度目の訪店からレギュラー入りしたのは、チョコレートのスポンジとガナッシュ、チョコレートクリームが層を成すチョコレートケーキ。どちらも子供のころの記憶を呼び起こす懐かしいタイプのケーキなのですが、共通して言えるのは、圧倒的な完成度の高さ。

これは、50年近くも作り続けてきたからこそのものなのか。それとも、真面目な人柄によるものなのか。いや、やっぱり、「食べ物が好きだったから」お菓子作りの道を志したという、食いしん坊の血によるもの……? なんにせよ、どんなに著名なパティシエ、もしくはジャーナリストでさえ、ケチをつけたら野暮にしか映らないような、独特の、そして完成された世界観があるのです。

そのほか、ショーケースの中には、お手本のようなショートケーキや、絵に描いたようなモンブラン……。

上段で輝くのは、洋ナシの存在感が抜群のポアールに、イチゴが赤く艶めくタルトフレーズ。レアチーズケーキは上層のゼリー部分が2パターン、シュークリームも、カスタードクリームと生クリームの2種類から選べます。

店名と同じ名前の《ローラン》は、アーモンドプードルたっぷりの生地に洋ナシを混ぜ込んだ「アーモンドの風味を楽しんでもらうケーキ(阿さん)」。店名との関連性は特にないそうですが、ふと思い出して食べたくなる、しみじみおいしいケーキです。

うんと長めの夏休み。包装紙のストーリー。そのすべてが愛おしい

春、秋、冬は定休日がないけれど、夏になると「夏の間休みます」と張り紙をして2ヶ月半ほど長期休暇に入ってしまう〔ローラン〕。実はわたしも、何度か「夏の間」にふらりと訪れて半ベソかいた経験あり。

これについても理由がちゃんとあるそうで。それは、お店の入り口から入る日光がショーケースに当たり適温が保ちにくいことと、自然の素材のみを使って作られているケーキなので、暑い中を持ち歩くのに適していないこと。レアチーズケーキを鮮やかに彩るラズベリージャムまで、阿さんの手作りなのだそう。

注文を済ませると、手際よくケーキが詰められ、あっという間に包装された箱が差し出されます。濃淡のピンクでプリントされた包装紙に、淡いピンクのリボンがキリッと結ばれた様子がたまらなく素敵! 夫とも「何かエピソードがあるに違いない」と話していたこちらの包装紙。聞けば、なんと阿さんの奥様によるデザインで、かつては3〜4色で印刷されていたのだとか。そのバージョンも見てみたい気はしますが、今のピンク1色でも申し分なく素敵です。

蔦の隙間から店内を除き、営業していることを確認。ショーケースの前で悩む時間も、木漏れ日の射す窓際でちょっぴり待つ時間も、袋の口から包装紙を除きながら帰る時間も。その多幸感といったら……!

いつも決まった定休日のお店や、年中無休のお店は便利だけど、わたし、やっぱり人の息遣いや手仕事、ストーリーを感じられる、ちょっぴり気まぐれなお店が好きみたいです。

【洋菓子店 ローラン】
●住所:東京都三鷹市井の頭2-5-9
●電話:0422-45-2826
●営業時間:9:30〜19:00
※約2ヶ月半の夏期休暇あり

●醍醐由貴子(だいごゆきこ)
ライター。女性誌から男性誌まで、ジャンルはフードからライフスタイルまで、幅広く活動中。すっかり意見するようになった息子に助けられつつ、日々奮闘しています。

●写真 さくらいしょうこ

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