
建築家・中村拓志氏インタビュー第3弾/木陰で過ごすための集合住宅
林に包まれるように存在するこの建物は、「建築」というよりも「巣」という言葉が似合うのかもしれない。
「Dancing trees, Singing birds」は建築単体で成り立っているものでは決してない。それを取り囲む環境が建築を作り上げている。写真からは想像がつかないが、山手線の主要駅から徒歩圏内にある集合住宅というから驚きだ。
この「空間」に込められた思い、そして中村氏の建築の根底にある「ふるまいのデザイン」について詳しくうかがった。
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人間の根源的な住居を彷彿させる「ふるまい」とは?
この建築は集合住宅です。
ここで考察したふるまいは「木陰で過ごす」ですね。
人間にとって木陰というのはすごく特別な場所なんです。もともと人間は森の住民で、そこで果物を採取したり、雨や太陽を避けたり、肉食動物から身を隠したり。つまり、木陰は人間が建築を建てるようになる前の住居だと言っていいと思うんです。
実際、木陰にいると、木漏れ日がすごくきれいですよね? 葉と葉の隙間がレンズみたいになり、いろんな大きさの光の円が現れて。それを見ていたくて、いつまでもここにいたいと思える。そういう気持ちになれる住宅を作りたいな、と思ったのです。
「資本主義」と「建築」の関係を見直す
敷地は幅40mほどの傾斜地で、そこに高さ15m以上もの木が林のように生えていたんです。通常、ディベロッパーは経済原則だけを優先しがちで、伐採して更地にして、最大容積を確保するんですね。
だけどここの敷地では、それができそうにない、と言うより、してはいけない。
そう思わせるくらい立派な木が育っていたのです。
そこで僕が提案したのは、木を極力切らずに容積を確保する方法。つまり、それは「最大容積の確保」という資本主義の原理と「環境保護」という、一見相反するものをブリッジさせる、ということなのです。
木があることの価値、そして、木との付き合いを理解する
この集合住宅は賃貸用です。賃貸の部屋を探しているときって、窓から木が見えることが入居の決め手になることもありますよね?
建築において「木」は、決して資本主義や経済原理と相反するものではなくて、むしろ一つの付加価値だと。それがちゃんと感じられるような建築を作ることができれば、多少総工費がかかったり容積が小さくなったりしても、結局はプラスになるんじゃないかと。それで、木を残して、それをよけるように建築を建てるような提案をしました。
あともう一つ大事なのは、施工後の管理、つまり木と付き合い続けるということを理解してもらうことですね。やっぱり木があると枯れ葉が落ちたり虫がわいたり、いろいろ大変なことがあるんです。でも、木と付き合っていくってそういうことですよね。
月々の管理料を少しいただくことで、代わりにそこに住む人たちが「森をシェアする」ことができる。そこに価値を感じてもらえるような建築を作れば、世の中は変わる。
木を残すために、木を知る
土の工事は、建築用語で「根切り」と呼びます。それは、「建築」という概念の中に「木を切って殺す」という認識が当たり前に含まれていると言えるのかもしれません。だけどここでは、徹底的に「根生かし」をした。「建築」の概念とは真逆のことをひたすらやってきました。
実際は、樹木医と協力して木の根を掘り返し、根の張り方を徹底的に調べつくしました。一般的には構造壁やその下にある地中梁を作るときに、そこに木の根がある場合は切断してしまいますが、ここでは構造壁をできるだけ木に寄せて空間の広さを確保しつつ、根をギリギリよけるように地中梁を蛇行させ、「根生かし」を行ったのです。
次に地上部、幹や枝や葉っぱの部分。こちらについては綿密な調査とシミュレーションをしました。具体的には、直径が15センチ以上の枝の生え方を三次元測量して、台風時に木が揺れるシミュレーションをする。そして、枝ぶれを避けた空間に建物のボリュームを突き出していく。そうやって設計をしていきました。
もちろん、その後も木は生長していきますから、生長予測も考慮する必要があって。幹や枝が太くなる一方で、それにより枝ぶれも小さくなる。そういうことを考慮しながら、あと50年以上は保たれるように設計しています。
想定以上に困難な現場の中で生まれた、木を慈しむ気持ち
このプロジェクト、実は本当に大変だったんですよ(笑)。建築を建てるときって、敷地に建物が収まればいいというものではない。周囲に足場を作り、クレーンを動かす空間が必要です。でもここでは、本来足場が3本あるはずのものが1本になったり、枝があってクレーンが使えなかったり…。
たとえば、木の間に出ている部屋。これは鉄骨で作ったんですが、鉄骨を細分化して人力で運ぶというのを何度も何度も繰り返して。なんだかもうピラミッド作っているみたいな感じ(笑)。やっぱり、みんな近代化された現場を経験してきているので、最初のうちは「時間がかかる面倒くさい現場」と言ったり、邪魔だから枝を切ろうとしたりする人もいましたね。
だけど、だんだんとみんな協力的になってきて。僕が保存を諦めようとした木をどうにか残せる方法がないかとアイデアを出してくれるようになったんです。この現場で働いているうちにみんなに木を慈しむ感性が生まれていったことが興味深かったですね。
木の「ふるまい」に合わせて、人間が「ふるまう」建築
ここで僕が行ったことは、その場所を丁寧に見つめて、その場所の声を聴いて、そして、その場所の個性を引き出すということ。
風に揺れたり、太陽に照らされたり、影を落としたりという「木のふるまい」に人間のふるまいを寄り添わせることで、自然と人間が一体化していく。そんなことを考えながら設計したこの建築は、ツリーハウスのような空間になりました。
完成した建物の屋上に上がると、鳥が鳴き、木がザワザワと音を立てる。それを体感した時「あぁ、僕が木を切るような設計をしていたらこの体験はなかったんだな」と、すごく感動しました。木がのびのびと茂っていることがとてもうれしかったーー。今でもその感情を覚えていますね。
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【プロフィール】
中村拓志(なかむら ひろし)
1974年東京生まれ。神奈川県鎌倉市、石川県金沢市で少年時代を過ごす。1999年明治大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。同年隈研吾建築都市設計事務所入所。2002年にNAP建築設計事務所を設立し、現在に至る。作風を固定しない柔軟な設計スタイルが特徴で、地域の風土や産業、敷地の地形や自然、そこで活動する人々のふるまいや気持ちに寄り添う設計をモットーとしている。
代表作に「狭山の森 礼拝堂」、「Ribbon Chapel」、「Optical Glass House」、「録museum」など。主な受賞歴にJIA環境建築賞、日本建築家協会賞、JIA優秀建築賞など。
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中村拓志氏のインタビュー第3弾、いかがでしたか?
自然と建築の共生を目指して「木を生かす」ことを提案し、それを実現するために様々な困難を乗り越えたと語る中村氏。
自身のアイデアに対する強いこだわりとそれを遂行するために努力を惜しまない、そんな仕事に対する真摯な姿勢が感じられました。
次回は、光学ガラスを使った美しすぎる住宅、オプティカルグラスハウスをお届けする予定です。お楽しみに!
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