
建築家・中村拓志氏インタビュー第2弾《地層の家》
中村氏インタビュー第2弾。今回は千葉の南房総にある別荘について話をうかがった。
この建築の特徴は何といっても、その外観だ。壁は土でできていて、屋上には草が生い茂っている。
そこに込められた思いや中村氏の設計の根底にある「振る舞いのデザイン」について詳しくお話をうかがった。
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都会に住む人のための別荘とは
この家は「地層の家」といい、南房総の海沿いに建っている別荘です。
オーナーは普段は都会の高層マンションで生活されていて「週末だけでも土いじりをしたい。土と触れ合う生活をしたい」というオーダーがあって。あと、要望としては津波が怖いのでコンクリートで建築を作ってほしいというのがありましたね。旦那さんがベルギーの方で、地震にあまり慣れてなくて恐怖心があったようです。
この土地は、今はもういくつか家が建ってるんですけど、当時はまだ建物が一つもない海と山の間にある大草原でした。コンクリート打ち放しで建てたとしても、週末のリラックスした環境には合わないんじゃないかなって思ったんですよね。だから実はちょっと反対だったんですよ、コンクリートを使うのは。木造でもっとゆるやかな雰囲気で建てた方がいいんじゃないかって。コンクリート造の打ち放し仕上げなんて普段生活してる都会の建築と一緒でしょう。
そもそも自分がこの土地が好きだから選んだのに、そこに建築を建てることで環境を破壊してしまうのも、もったいない話だなと思ったんです。とはいえ、もちろん予算は限られているので、さて、どうしようかなと(笑)。
住人が建設に関わることで生まれる愛着
そこで考えたのが、現地の土を使うことができないかということ。
一般的に、外断熱というのは、屋根に断熱材を敷き、さらにその断熱材を保護するんです。それを、土で、それも現地の土でやってみようと。でも、ただ土を乗せるだけじゃ流れ出してしまいます。そこで、野草の種を撒いて、根を張らせることで、土留めにすることで屋根を作ったんです。
そして壁の方は、海に近い場所だと「塩害」といって、コンクリートのクラック(ひび)から塩水が入って鉄筋がさびてしまう。そうしたら、コンクリートが鉄筋からはがれてぼろぼろと落ちてきてしまいます。それを防ぐために、現地の土とモルタルと樹脂を少しを混ぜ、コンクリートの保護材として吹き付けることにしたんです。
単純に吹き付けただけでは表面が荒々しいので、オーナーの家族3人でならしていく作業をしました。ハーフビルドとまではいかないですが、少しでも建設に関わることで、その建築に対する愛着が生まれてくる。これもひとつの振る舞いのデザインなんですよ。「別荘を建てて、畑で土いじりをしたい。」そのビジョンに近い感覚で建築を作ることに関わることで、心も体も大地と溶け合う、そういう感性がうまれるんじゃないかなって。土にちょっとだけ貝殻を混ぜたりして、それを発掘する楽しみを作りながら、みんなで共同作業をする。自ずと愛着がわいてきますよね。
アイデアを実現するための研究とリスクヘッジ
現地の土を使うと言っても、そう簡単ではなくて。土にモルタルや樹脂を混ぜるんですけど、それぞれを何%にするかという研究を何度もしたんです。あとは、最初にコスモスの種を巻きましたね。一年草なので次の年まではもちませんが、とりあえず最初に土の流出を防止することができれば、そのうち屋根に野草の種が運ばれてきて、自然といい感じになるんじゃないかって考えたんです。
実際、もう一度種をまく必要はありませんでしたね。もちろん厳密には少しずつ土が流れていきますが、かなり減らすことができたと思います。根がぎっしり張ることで、根自体が土をしっかり掴んでくれていたんです。
加えて、雨どいも土が詰まらないように細かなところまで工夫しました。万が一詰まったとしても、オーバーフローで水が逃げられるようにし、それを保険として二ヶ所設ける。そういったいろんなリスクヘッジをして、このアイデアを実現させました。
「土いじり」という振る舞いについて考える
この建築で考察した振る舞いは、やはり「土いじり」ですね。おそらく、誰しもが砂場で砂を固めてトンネルを掘って遊んだり、あるいは、畑で土いじりをしたりという経験があると思うんです。それなのに、ふと考えると「土をいじる」という振る舞いって、僕ら現代人にとっては遠い存在になってしまったんじゃないかなって。「土がついてる=汚い」と思ったりするぐらい。
だけど、レンガや土塗りの壁、田畑、瓦、器。これらは全部、土とのふれあいのなかから生まれている。「土いじり」ってすごく根源的なモノの作り方に関する振る舞いのひとつだと思うんです。人間の遠い記憶にあるようなものを呼び覚ましてくれる。そういう感性が週末の住宅にふさわしい感性ではないかと思うんですよ。
建築家としてデザインしたもの
この建物に関して、僕は一体どこをデザインしたんだろう?
屋根は、その土地の野鳥が種を運んで来るし、運ばれてくる種もその風土に応じた植生がある。葉や花の色も、植物の生え具合も、つまり言ってしまえば、屋根の輪郭すらも僕がデザインしたわけではない。
壁にしても、オーナー家族で現地の土を塗ったわけですし、そのテクスチャにしても色にしても現地の土次第。やっぱり僕がデザインしたわけではないのかもしれません。でも、それでいいんですよ。
建築家のデザインっていうと「はっきりとした強い線や形をデザインする」というイメージがあるのかもしれません。だけど僕がデザインしたいものはそれとは少し違っていて。その場所が主役で、その場所で人がどのように対話していくのかっていうこところに着目して、デザインをしたいなと思ったんです。そのためには建築家という存在や建築というのは、もっと弱くていい。周辺環境の方が主役だと考えるくらいがちょうどいいと思っています。
形をデザインすることだけが建築家の仕事ではない
そもそもオーナーからいただいた要望は「畑仕事をしたい。自然と触れ合いたい。」ということで、「建築で土を使ってほしい」とは言われていませんでしたね(笑)。むしろ災害を意識してコンクリート造を望まれていました。なので、最初、現地の土を使う提案をしたときにはオーナーは不安に感じられたことでしょう。
だけど、アイデアを提案して、不安を解消できるよう様々なリスクを考慮した実験を重ねて、説得する。建築家の仕事というと、デザインや形ばかりに目が行きがちですが、アイデアの実現に向けて自ら課題や懸念点を乗り越えられるように行動していく。そういう側面も僕は忘れてはいけないと思うのです。
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中村拓志(なかむら ひろし)
1974年東京生まれ。神奈川県鎌倉市、石川県金沢市で少年時代を過ごす。1999年明治大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。同年隈研吾建築都市設計事務所入所。2002年にNAP建築設計事務所を設立し、現在に至る。
作風を固定しない柔軟な設計スタイルが特徴で、地域の風土や産業、敷地の地形や自然、そこで活動する人々の振る舞いや気持ちに寄り添う設計をモットーとしている。
代表作に「狭山の森 礼拝堂」、「Ribbon Chapel」、「Optical Glass House」、「録museum」など。
主な受賞歴にJIA環境建築賞、日本建築家協会賞、リーフ賞大賞などがある。
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いかがでしたか?
―アイデアを実現するために何度も実験を繰り返す― 形をデザインすることだけにとどまらない、中村氏の建築家としての仕事の新たな一面を知ることができたのではないでしょうか。
次回は都内にある集合住宅についてお話ししていただく予定です。お楽しみに!
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