手仕事のぬくもり。カラフルなお針子道具「加賀のゆびぬき」のこと
針山や糸、裁ちばさみなど道具類が詰められた裁縫箱。かつて加賀の女性たちの裁縫箱には、美しい文様を色鮮やかに縫取ったゆびぬきが収められていました。時代の流れによって、一時は姿を消してしまった「加賀のゆびぬき」。自身の祖母や古老に聞き取りをして復活させた女性を訪ね、金沢市へと向かいました。
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加賀のゆびぬきを復活させることになったきっかけ
「戦前・戦後には姿を消してしまっていて、資料もなくて大変でした」と語るのは、「加賀ゆびぬきの会」を主宰する、〔加賀てまり 毬屋〕の大西由紀子さん。そう、加賀ゆびぬきを復活させた立役者です。
もともとは加賀友禅を仕立てるお針子さんたちが、残った糸をため、はぎれでお正月休みに作ったものがはじまりだといわれています。厚紙の芯を布で包み、真綿で巻いた台に色とりどりの絹糸をかがって、まるで万華鏡のような綾模様を作り出す加賀のゆびぬき。友禅のようななめらかな上質の着物の針仕事には、このゆびぬきを使わないと生地を傷めてしまうといった細やかな配慮もあったといいます。お裁縫の上達を願い、雛祭りには母親が雛壇にゆびぬきを飾ることもありました。
大西さんがゆびぬきを作ろうと思い立ったのは、大学時代のこと。「当事、私は札幌の学校に通っていて、故郷である金沢のものが懐かしくて。手作りのものを身に着けたいという気持ちもあったので、地元のゆびぬきを作ることにしたんです」
古い茶屋町や神社仏閣が残る金沢で育ったせいか、明治以降の開拓で洋風の建造物が建ち並ぶ札幌で暮らしていると、和のものが恋しくなってしまったのだとか。
思いがけず、ゆびぬきの制作が難航した理由
「もともと、ゆびぬきは暮らしの実用品のひとつ。使っているうちに傷んだり、古くなったものは捨ててしまうものでした。市販品が手に入りやすくなると、作る人も減っていってしまいました。そのためにいざ作ろうにも、資料もない状態。図書館でも見つかりませんでした」
親から子へと家庭内で受け継がれていったのであろうゆびぬきは、作り方の手順を書いた実用書もありません。今と違い、携帯やインターネットのオンライン通話もできない頃のこと。大西さんは実家に帰省した際に、加賀てまりの名人だった実家の祖母に教わることに。札幌に戻ってからは、電話やFAXなどでやりとりを続けて作りました。
「作り出すとすっかり、ゆびぬきの美しさに魅せられてしまいました」
おばあさまが書き溜めたゆびぬきの図案を札幌で作り続け、大西さんはできた作品をホームページで公開していきました。2004年にはこうした活動が人々の目に止まり、銀座で作品展を開くまでになります。
「本当にたくさんの方がいらしてくださって。当時、札幌で仕事をしていたのですが、金沢に帰ってゆびぬきの仕事に就く決心をしました。すでに結婚していましたが、夫も金沢についてきてくれました」
今ではお母様とともに、手毬とゆびぬきを扱う〔加賀てまり 毬屋〕を営みながら、加賀ゆびぬき作家として活動。広くゆびぬきを知ってほしいと、テレビや雑誌でも講師を務めるほか、後進の育成にも力を入れています。
難易度が高そう? でも意外とシンプルなんです
店内の壁には、大西さんが作ったゆびぬきがケースに収めて飾られています。一見すると、どれも複雑な文様で作るのがむずかしそう。でも、ブロックごとに区切られたこのゆびぬき、実は異なる絹糸を使って、配色を変えているだけなのだそう。
「うろこ模様や青海波に幾何学模様など、配色を変えるだけでまったく別の雰囲気になるのがまた面白いんです。簡単な2~4色のうろこ模様なら4~5時間で作ることができますよ」
〔加賀てまり 毬屋〕では、予約制でゆびぬきの体験制作も実施。材料は店内にひと揃い用意があるので手ぶらで訪れてもOKということもあり、観光客の利用も多いとか。初めて制作する場合、ひとつの作品を仕上げるのに5時間以上はかかるとのこと。店内にはゆびぬき制作に必要なものをまとめた制作キットの用意もあるので、買って帰って、自宅でじっくりと制作することもできます。
お裁縫以外にも、装飾品としてアレンジ
美しい加賀ゆびぬきを身につけて楽しんでほしいと〔加賀てまり 毬屋〕では、ストラップのような雑貨や、チョーカーといったアクセサリーにアレンジしたものも販売しています。
「指輪として使いたい、という方もいらっしゃるのですが、水に弱いので、手を洗うときは必ず外してくださいね」
大西さんの作品はもちろん、店内にはお弟子さんの作品も並びます。陳列されたゆびぬきのサイズが合わない人も大丈夫。ハンドメイドならではのサービスで、気に入った柄を自身の指のサイズに合わせて作ってもらうことも可能です。
「祖母は『楽しく作らないとダメよ』と言っていたんですが、ゆびぬきって本当に作るのが楽しいんです。日本のゆびぬきってこんなにキレイなんですよ、と多くの人に伝えたいなって思っているんです」
取材中にも海外からの観光客がひっきりなしに、路面にディズプレイされた作品に足を止めて、〔加賀てまり 毬屋〕の店内へと入ってきていました。金沢の宝石のような手仕事が、やがて世界へと広く知られる日はそう遠くないのかもしれません。
【加賀てまり 毬屋】
●住所 石川県金沢市南町5-7
●ライター 大浦春堂
社寺ライター、編集者。日本の伝統工芸品や骨董品、和雑貨が好き。日本国内やアジアを旅しながら雑誌やWEBマガジンへ社寺参りに関する記事の寄稿を行う。著書に『御朱印と御朱印帳で旅する全国の神社とお寺』(マイナビ出版)のほか、『神様と暮らすお作法(協力:三峯神社)』(彩図社)、『神様が宿るお神酒』(神宮館)など。
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