20~60歳の間に多く働くと、逆に支給額が減る!? 老齢厚生年金の「経過的加算」とは

資産形成をより確かなものにするためにも、公的年金を深く知っておくことは必須。そんな公的年金ですが、細かなルールが多く、中には「なぜそんなルールがあるの!?」と思えるものや、令和の感覚からすると違和感さえ覚えるようなルールがあるのも事実。そこで当シリーズでは、そんな公的年金内のルールを1つずつピックアップし、そのルールができた経緯や背景、そして課題を社労士でFPの三藤桂子さんに解説していただきます。第3回は、老齢厚生年金の「経過的加算」をピックアップ。
※年金制度の基本については、第1回をご参照ください。

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老齢厚生年金の「経過的加算」は「特別支給の老齢厚生年金」とセットで理解を! 

今回スポットを当てるのは老齢厚生年金の「経過的加算」ですが、その前提としての「特別支給の老齢年金」を把握しておく必要があります。

「特別支給の老齢厚生年金」とは…

1985(昭和60)年の法律改正により、厚生年金保険の受給開始年齢が60歳から65歳に引き上げられました。その際、受給開始年齢を段階的に、スムーズに引き上げるために経過的措置としてできたのが「特別支給の老齢厚生年金」のルール。以下の要件を満たしている方は、65歳より前に老齢厚生年金が“特別に”支給されます。

・男性の場合、1961(昭和36)年4月1日以前に生まれたこと
・女性の場合、1966(昭和41)年4月1日以前に生まれたこと ※1
・老齢基礎年金の受給資格期間(10年)を満たしていること
・厚生年金保険等に1年以上加入していたこと
・生年月日に応じた受給開始年齢に達していること

なお、男性:1961(昭和36)年4月1日以前、女性の場合、1966(昭和41)年4月1日以前※1の生まれであっても、生年月日により何歳から「特別支給の老齢厚生年金」を受給できるかは異なります。ご興味のある方は、日本年金機構のホームページをご覧ください。

※1 共済に加入の女性の支給開始年齢は男性と同様の生年月日となります。

老齢厚生年金の「経過的加算」とは…

この「特別支給の老齢厚生年金」を受け取る人は早い人で60歳から生年月日や加入期間等によって定額部分と報酬比例部分を受け取ることができます。

「特別支給の老齢厚生年金」も2階建てになっていて、定額部分が65歳以降の老齢基礎年金、報酬比例部分が老齢厚生年金に相当します。

しかし、当分の間は老齢基礎年金の額より定額部分の額のほうが多いため、65歳以降の老齢厚生年金には定額部分から老齢基礎年金を引いた額が加算されます。これを「経過的加算」または「差額加算」といい、65歳以降も60歳からの年金額が保障されることになります(図参照)。

 

日本年金機構「老齢年金ガイド」を参考に、編集部作成 。加給年金については第2回をご参照ください。

さらに老齢基礎年金となる国民年金の強制加入期間は20歳から60歳になるまでです。そのため20歳未満、60歳以降の厚生年金保険に加入している期間は老齢基礎年金には反映されません。経過的加算は国民年金側で反映されない部分を厚生年金保険側で補う加算でもあります(加算月数は480月が上限)。

経過的加算はいくらになるのか? 計算方法を確認

経過的加算額は、定額部分に該当する額から、厚生年金保険に加入していた期間について受け取れる老齢基礎年金の額を差し引いた額となります。

【計算式】
経過的加算額=①定額部分に相当する額-②厚生年金保険に加入していた期間について受け取れる老齢基礎年金の額

①定額部分=1,628円 ×1.000※2 × 厚生年金被保険者期間の月数※3 (2021年度)
※2、※3 1946(昭和21)年4月1日以前に生まれた方については、給付乗率および被保険者期間の上限月数が異なります。

②厚生年金保険に加入していた期間について受け取れる老齢基礎年金の額=老齢基礎年金の満額×(1961〈昭和36〉年4月1日以降で20歳以上60歳未満の厚生年金保険の被保険者期間の月数÷加入可能月〈480月〉)

この経過的加算額はいくらになる?ということと、それを含んでトータルでいくら老齢年金を受け取れる?ということを、この「経過的加算」を説明する際によく使われるモデルで説明しましょう。

例えばこんな感じです……平均月収は2人とも20万円とします。

【Aさん(65歳)】
20歳から60歳までずっと会社勤めをしてきたAさん。
Aさんの年金情報:20歳から60歳までの厚生年金加入期間480月

【Bさん(65歳)】
大学卒業後、家庭に入る前に5年間会社勤めした後、いったん専業主婦に。子育てが一段落した後、50歳で再び働き始め、65歳まで会社勤めをしたBさん。
Bさんの年金情報:学生時代は納付しておらず※4、大学卒業後の厚生年金保険加入期間60月と50歳以降60歳未満の厚生年金保険加入期間120月と60歳以降の厚生年金保険加入期間60月

※4 学生に国民年金への加入が義務づけられたのは1991(平成3)年4月から。それ以前は学生の加入は任意。

Aさん、Bさんが65歳を迎えると年金受給額とその内訳にはどのような違いがでてくるのでしょうか。前提として、満額の老齢基礎年金は780,900円(2021年度)とします。

【Aさん】
経過的加算:781,440(1,628円 ×1.000×480)-780,900(780,900×480月÷480月)=540円

トータルの年金:満額の老齢基礎年金、780,900円(2021年度)+老齢厚生年金の報酬比例部分526,176円+経過的加算540円、合計1,307,616円を受け取ることができます。

【Bさん】
経過的加算額:390,720(1,628×1.00×240)-292,838(780,900円×180月÷480月)=97,882.5≠97,883円(小数を四捨五入)

トータルの年金:老齢基礎年金741,855円(456月分)+老齢厚生年金の報酬比例部分263,088円+経過的加算97,883円、合計1,102,826円を受け取ることができます。

ここでAさんとBさんの経過的加算額を比べると、Bさんのほうがかなり多いことがわかります。なぜでしょう。

Bさんは学生時代、年金保険料未納だったため、満額の老齢基礎年金を受け取ることができません。ただし、60歳以降も厚生年金保険に加入し働いていたため、老齢基礎年金に相当する部分として経過的加算が増えていたのです。つまり①の部分は180月から240月に増えますが、②の部分は「20歳以上60歳未満」という期間に該当しないので、180月のまま計算額は変わらないのです。

一方、Aさんは満額の老齢基礎年金と480月の厚生年金保険に加入しているため、60歳以降働き続けたとしても経過的加算が増えることはありません。結果、Bさんは厚生年金保険の加入月数がAさんより少ないですが、学生時代の未納24月分も60歳以降に厚生年金保険に加入することで、経過的加算でカバーすることができるということです。

老齢基礎年金の満額は20歳から60歳までの40年間、480月です。その期間に猶予や未納期間があり、満額の老齢基礎年金を受け取れない場合、20歳前や60歳以降に厚生年金保険に加入している期間があれば480月までの期間をカバーすることができます。しかしながら、コツコツと厚生年金保険に加入し続けた人からすると、モヤモヤするかもしれませんね……。

「特別支給の老齢厚生年金」を受け取れない人も「経過的加算」を受け取れるのは不思議!?

さらに経過的加算を深掘りすると、こんな疑問にも行き当たるはずです。

経過的加算は老齢厚生年金の定額部分と老齢基礎年金の差額に相当する部分であるとするなら、定額部分を受け取れない人にも経過的加算がつくのはなぜか?

1961(昭和36)年4月2日以降生まれの男性、1966(昭和41)年4月2日以降生まれの女性には「特別支給の老齢厚生年金」はなくなり、「本来支給の65歳年金」となるため、定額部分は発生しません。しかしながら、そうした方にも65歳以降も経過的加算がプラスされるのはなぜ?という疑問が残ります。

定額部分が支給されない人にも経過的加算が支給されるのは、経過的加算が“厚生年金保険の加算”であり、老齢厚生年金の定額部分に相当する額とされているためと考えられます。つまり、厚生年金保険の加入期間のある人には老齢厚生年金の額の計算の“特例”として、“当分の間”、定額部分から老齢基礎年金を控除した差額を加算している、ということです。

なお、現在、先ほどのBさんのように経過的加算が多く支給される人は次のような人が主に該当します。

・国民年金の加入期間(第1号被保険者・第3号被保険者)がある
・国民年金の猶予(学生納付特例含む)、未納期間がある
・転職等で年金加入の空白の期間がある

***

定額部分と老齢基礎年金の差額を埋めることが経過的加算のメインであるならば、「特別支給の老齢厚生年金」の支給が終了する頃には制度変更に関する何らかのアクションがあるかもしれません。

一方、厚生年金保険の加入期間は20歳前、60歳以降もあるため、今後は20歳以降60歳未満の厚生年金保険期間が480月加入していない人向けの加算となる可能性も考えられます。

厚生年金保険の加入期間が長いために、経過的加算が少ない人はモヤモヤするかもしれませんが、年金額を多く受給することを考えるなら、厚生年金保険に長く加入し続けるほうがAさんとBさんの例から見ても得であることは言わずと知れたことです。

働き方の多様性により、1つの会社に定年まで勤め上げるという考え方は薄れています。まず全ての人に対応する老齢基礎年金はセイフティーネットであり、さらに公的年金をリスクに備える保険と捉えるならば、上乗せの老齢厚生年金は報酬額を増やして長期間加入することが一番の備えになる、と言えるでしょう。

前回の加給年金と同様、年金は「トータルで考えること」これが大切です。

 

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