建築家・中村拓志 特別取材! ダイビングベルは建築の夢を見るか?

国内外から熱い視線を送られる建築家の中村拓志さんが、10月に東京ミッドタウンで行われたデザインイベントで特別展示「Salone in Roppongi」を実施。イタリアの老舗高級時計ブランドのパネライ(OFFICINE PANERAI)とタッグを組み、不思議な体験のできる装置を生み出しました。中村さんの意図したものとは?

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建築家・中村拓志がインスタレーションに挑む

「人と自然、人と建築との関わりや愛着を感じることを大切にしたい」。

「東急プラザ表参道原宿」「Ribbon Chapel」「狭山の森 礼拝堂」「Optical Glass House」など、数多くの印象的な建築物を手掛け、多くの注目を集める建築家の中村拓志氏。建物を設計するときには形状をデザインするよりも、「空間に入った人がどのような気持ちになるか」、そしてそこでの「振る舞い」を重視しているという。

中村氏が、東京ミッドタウンでなにやらユニークな展示を行うというニュースが舞い込んだのは、まだ暑さの残る季節のことだった。それが「Salone in Roppongi」。東京ミッドタウンを舞台に行われたデザインイベント「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH」の1コンテンツである。

中村氏は「建築家として、長く残るものをつくりたい」という思いの持ち主。そのため、期間限定のインスタレーションはほとんど手がけてこなかった。そんな中村氏がなぜ? 一体どんな展示を行ったのか?

パネライ×中村拓志の特別展示「Salone in Roppongi」

「Salone in Roppongi」で中村氏がタッグを組んだのは、イタリアの老舗高級時計ブランドであるOFFICINE PANERAI(以下、パネライ)だ。2013年からスタートした「Salone in Roppongi」は毎年4月にイタリア・ミラノで開催される、世界最大規模の国際家具見本市「ミラノサローネ」で活躍する日本人デザイナーや日本企業に焦点を当てるイベントで、2013年はnendoに、2014年はデザイナーの吉岡徳仁氏がフィーチャーされた。プロデューサーを務める笹生八穂子さんからの強い要望もあり、中村拓志×パネライの展示の実現に至ったという。

展示名は「ダイビングベル」。アトリウムに並んだ潜水装置

作品名は「Diving Bell(ダイビング・ベル)」。「潜水鐘」と呼ばれる潜水装置をイメージしたものだ。東京ミッドタウンの地下1階にあるアトリウムに置かれたのは、鉄板でつくられた5台の球状カプセル装置。細い鉄の棒で地面から持ち上げられている。カプセルの下には大きな孔(あな)があいていて、1人がかがんで頭を中に入れると肩まですっぽりと収まり、外界とは隔離されたような状態に。

そうして始まる、光と音だけの世界--。

カプセルの内部は実は球体のスクリーンになっており、光あふれる白い世界からだんだんと青みが増し、真っ暗になっていく。海面からだんだんと深く潜り、深海へと達するその一部始終を疑似体験するというものだ。映像はなく、どこを見るというわけもなくゆっくりと時間が経過していく。色の変化に応じて、周囲から包まれるように聞こえる音も変化する。今、どこに立っているのかわからなくなる不思議な感覚。

中村氏は、この作品をつくるにあたってどのようなインスピレーションを得たのだろうか?

テーマは「深海に潜る旅」。潜水を仮想体験する装置

LIMIA編集部:潜水をイメージしたインスタレーションは、どのように考えられたのでしょうか?

中村拓志氏(以下、中村氏):
パネライの時計にはさまざまな機能性があります。たとえば、文字盤に塗られた蓄光塗料が輝きながら数字を見やすくするようなディテールが考えられています。パネライの起こりは、イタリア海軍の特殊潜水部隊が深海に潜るときに装着するためのダイバーウォッチを製作したことから。そこで、ブランドの起源である「深海に潜る旅」をテーマにしたいと思いました。

一方で自分の興味として、「無限空間」をつくりたいという思いがあって。一般的に建築は「敷地境界線」といったある境界のなかでつくるものです。また、建築家は「シェルター」として、床や壁、天井といった境界をどうつくるかばかり考えています。だからでしょうか、境界線の一切ない、無限の空間への憧れがありました。

無限空間で人の眼は、無限遠(ピントの調節が不要となる距離)まで必死に焦点を合わせようとします。逆に、ここは奥行きのない世界だと錯覚して焦点を手前に絞ることも同時に起こる。その往復のなかで、覚醒が起こります。あるいは、今まで見ていた光源が、まばたきするたびに残像として現れたりします。人間の独特の「振る舞い」ですよね。

無限に広がる世界では意識が外に伸びていくはず。それなのに、実際は内へ内へと入り込み、自分という存在そのものに意識が向かっていきます。

そうした不思議な感覚と潜水という行為が似ているのではないかと考えました。深海に潜る過程のような無限空間を体験してもらうことで、当時のダイバーの心境を感じることができるのではないでしょうか。潜る過程では、パネライの秒針が動くときに生じる特徴的な音が耳に入ってきます。

僕、ダイバーの気持ちを想像してみたんですね。淡いマリンブルーから漆黒の闇に落ちていくときには、ものすごい恐怖と孤独と同時に、深海からやってきた人類が生命の根源に帰っていくような懐かしさを感じるのではないか、と想像しました。

潜る過程で闇になるにつれて、文字盤がどんどんと光り出して時計への信頼感が生まれる。また、時を刻んでいることが何より確かなものに感じられる。地上とは完全に隔離された非日常の世界で、ダイバーズウォッチにはさまざまな感情が込められるのではないでしょうか。

職人技が光る「へら絞り」でつくられた金属の装置

LIMIA編集部:この金属の球体はどのようにつくられたのでしょうか?

中村氏:神奈川県川崎市にある工場で、「へら絞り」の職人さんにつくってもらいました。「へら絞り」とは、金属板を回転させながら「へら」と呼ばれる棒を押し当てることで、さまざまな形をつくる技術です。球体をよく見ると表面に横筋が入っていますよね? これは「へら」で絞る過程が現れているためです。

パネライの生まれたイタリア・フィレンツェも職人が多くいる街ですし、この作品で手仕事感を出せたのは嬉しかったですね。よく聞くと、今回依頼した工場は、以前に潜水球を製造していたというのです! 潜水というキーワードで、偶然にもリンクしました。

人が抱く「内なる自然」と向き合う

LIMIA編集部:今回のインスタレーションで、建築づくりと共通するところはありましたか?

中村氏:普段は自然との関わりを大切した建築をつくっているので、特定の敷地がない場所、特にこのアトリウムのような吹き抜けが高く、周囲に全く異なるショップがある状況で、完結したエモーショナルな空間にするのは非常に難しい。悩んだ結果、無骨でインダストリアルなカプセル装置をあえてむき出しで、そっけなく並べることにしました。

最終的には、人が抱く「内なる自然」と対話しながら、どのようにモノをつくるかという意味で、自然との関係を捉える作品になったと思います。また、使い手の「振る舞い」と感情を想像しながらつくることは、自分ならではのやり方で得意とするところですが、それは達成できたと感じています。

また、今回は自分のデザインを展開することではなく、パネライという時計ブランドの世界観を実現しながら新しいものをつくることができました。パネライが自分の創造性にジャンプを与えてくれたという実感がありますね。

建築とは違う条件のなかで、ブランドの精神と世界観を見事に体現し、体験する人の感情を揺さぶる作品に昇華させた中村氏。この作品は、パネライのコレクションとして本国で所蔵される予定だ。さらに、来年のミラノサローネで同様の展示を行うことも視野に入れているそう。

自然との関わりの概念を押し広げた今回のクリエーション。その経験を生かした中村氏のさらなる展開が楽しみだ。


◆取材協力:東京ミッドタウン 
Salone in Roppongi 


Photo:木下 誠
Text:加藤 純
Edit:山本奈奈(LIMIA編集部)

プロフィール/
中村拓志(なかむら ひろし)

1974年東京生まれ。神奈川県鎌倉市、石川県金沢市で少年時代を過ごす。
1999年明治大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。同年隈研吾建築都市設計事務所入所。
2002年にNAP建築設計事務所を設立。作風を固定しない柔軟な設計スタイルが特徴で地域の風土や産業、敷地の地形や自然、そこで活動する人々のふるまいや気持ちに寄り添う設計をモットーとしている。

代表作に「狭山の森 礼拝堂」、「Ribbon Chapel」、「Optical Glass House」、「録museum」など。
主な受賞歴にJIA環境建築賞、日本建築家協会賞、リーフ賞大賞などがある。

http://www.nakam.info/jp/

中村拓志さんのインタビュー第1弾記事はこちら!

OFFICINE PANERAI

オフィチーネ パネライは1860年、時計工房兼時計店、そして時計学校としてフィレンツェに誕生し、長い間イタリア海軍の納入業者として、特に特殊潜水部隊のための高度精密機器を納入していた。ルミノール、ラジオミールをはじめとする当時パネライが開発したウォッチは、何年もの間軍事機密扱いとされてきたが、ブランドが1997年にリシュモン グループの傘下に入った後、国際市場に参入。
今日、オフィチーネ パネライはスイス、ヌーシャテルにある自社工房マニュファクチュールで完全自社製ムーブメントと時計を開発・製造し、イタリアのデザインと歴史、スイスの時計製造技術とクラフツマンシップを見事に融合させている。パネライのタイムピースは、独自の流通ネットワーク及びパネライ直営ブティックを通じて世界中で販売されている。www.panerai.com

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