建築家・中村拓志インタビュー7:瀬戸内にあるリボンチャペル

「一瞬のロマンスのためにこの建築はある」

そう語る、建築家・中村拓志さん。中村さんの連載第7回目は、ひと目見ただけで強烈な印象を残す「リボンチャペル」について語っていただきます。

瀬戸内海を見下ろす丘の中腹に立つ結婚式用の教会は、まるで宙に浮いた2本のリボンが結び合っているかのよう。実際に2つの階段がスパイラル状に建物全体を覆っています。この2本の道は、ふたつの人生がめぐり合う結婚を象徴するもの。住宅とは異なる非日常の建築で、中村さんは何を実現したかったのでしょうか? 小さな建築に込められた想いに迫りました。

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photo by Koji Fujii / Nacasa and Partners Inc.

瀬戸内の島々を360度見渡す丘に立つ、結婚式用のチャペル

この「Ribbon Chapel (リボン チャペル)」は、瀬戸内の島並みを見渡せる小高い山の中腹にあります。広島県尾道市にある「ベラビスタ スパ&マリーナ 尾道」というリゾートホテルの敷地内にある礼拝堂で、主に結婚式用の教会として使われています。「単に結婚式場としてだけでなく、世界中から人が集まるような場所をつくってほしい」という依頼をオーナーから受けました。

photo by Koji Fujii / Nacasa and Partners Inc.

敷地に立つと途中に木立があり、それほど海は見えないことがわかりました。1つの解決策として木を切るという案もある。ただ、切り開いた土地に建物をつくったら、それ自体がシンボリックになりすぎてしまいます。それに、海を見せるために、周囲の景観を壊してしまうのは嫌だった。木を伐採せずに木立越しに海を垣間見る空間がいい、とその時に感じました。

眺めがいいのなら頂上まで上がって海を見てみたい、そう人は思うはず。チャペルと展望台をセットにすれば旅行者も気軽に訪れるような建物ができるのではないか、と。チャペルと展望台をセットにするプランは初期の頃に決まっていましたね。

2本の螺旋階段が意味すること…

photo by Koji Fujii / Nacasa and Partners Inc.

では、トップまで上がるための階段をどうするか? 

チャペルのための敷地はそれほど大きくありません。それに豊かな自然の中なのだから角ばったイメージの建物ではなく、どの風景にも等しく開かれた、“丸い”建物のほうがいいな、とイメージを膨らませました。じゃあ、頂上まで螺旋階段で上がっていこう。さらに、もうひとつ階段を足したらおもしろいかもしれない、とふと考えたのです。

なぜ2本必要か? 

もし、ひとつの螺旋階段しか設置しないとバネのようにぶらんぶらんとした状態になりますよね? ふらふらと頼りない感じはチャペルのイメージに合いません。一方で2つの階段を結び合わせれば構造的にも強くなるし、結婚式から連想される“結び合い”につながるのではないか、と。

photo by Koji Fujii / Nacasa and Partners Inc.

連結した階段は、結婚、つまり他人だった2人が一緒になることで社会的に自立するということの象徴になるはず。両方の階段をそれぞれが別々に上がりながら、すれ違いを繰り返し、最後にはひとつになる。出会い、紆余曲折を繰り返しながら、1つの家族になる過程を連想させる。「ああ、自分たちは運命の糸の上にいるんだなぁ」と。

話していて再認識しますが、すごくロマンティックな考えですね(笑)

バージンロードを歩くというふるまいをそのまま建築にした

photo by Tadanori Okubo

リボンチャペルは、結婚という行為そのものを構造化・空間化した建築と言えます。

“道”と人生を重ね合わせることってよくありますが、結婚式場はその最たるものですよね? 父親と歩いた道を、今度は伴侶と共に進むバージンロードは、新婦の人生の象徴。赤ちゃんだったときから初めて立ち上がり、これまで歩んできた道。そして結婚の宣言をし、結び合い、今度は2人の人生を歩き始める。”人生”と”道”が不思議なほど重なり合います。

バージンロードを歩く体験ほど、人生を想起させるものはありません。そのふるまいの過程には、さまざまな回想や感情が詰まっています。

photo by Koji Fujii / Nacasa and Partners Inc.

ですから、このリボンチャペルは、動線だけでつくられた建築とも言えます。道を移動する中で次々と異なる景色、感情が立ち現れ、過ぎ去っていく。バージンロードを歩むというふるまいを全長160mに引き延ばし、結婚式ならではのふるまいをじっくりと味わえるようにすることで、結婚する2人の感情の動きに寄り添いたいと考えました。

そう、経路上に起こる体験だけで建築をつくってしまったわけです。

世界でも例がない! 不安定な螺旋を結び合わせただけの構造

さて、構造についてですが、この階段は2つで1つ。2本の階段でひとつの空間を支えています。写真を見るとわかりますが、2本の螺旋がそれぞれ逆方向に回転しながら上へと上がっていっていますよね。一番最後、頂上の部分はひとつの道になっています。別々にスタートした人生だけど、実は一本の線の上に立っているということが伝わるようにくっつけました。

photo by Koji Fujii / Nacasa and Partners Inc.

たいていこういった建築をつくる場合、まず建築家がアイデアを出し、模型をつくり、構造家と呼ばれる構造の専門家に相談に行きます。思い描いた形を変えず、どうやったら成り立つか、耐震の問題などをクリアできるか。だから構造家とのコラボレーションといえます。

リボンチャペルのように、不安定な2本の螺旋を結びあわせて、ちゃんと自立するという建築は、世界でもほとんど例がありません。構造に関しては、世界中の著名な建築のエンジニアリングを手がけるARUP(アラップ/ロンドンに本社をもち、世界90ヵ所以上に事務所を構える国際的な建築エンジニアリング&コンサルティング会社)に依頼しました。一流の方たちと一緒に手がけることで、この前例のない建築が実現できたのです。

お互いの半生を振り返る場に、そっと寄り添う

「変わった形の建物をつくってやろう」という思いはほとんどありませんでした。結婚式を挙げる2人の中にずっと思い出として残ってほしかった。たとえば式を挙げた何年か後に、もう一度階段を歩いてみたり、展望台から同じ景色を眺めたり。そういう心に残る体験をつくるにはどうすべきかを考えた結果、あの形が生まれてきましたね。

半生を振り返り、これからに想いを馳せて歩むという、結婚式に付随する”ふるまい”を体現した形。大事なことは、形をつくることではありません。単純に珍しいフォルムを求めると、デザイナーのひとりよがりになってしまいがちです。建築を訪れる人の気持ちに寄り添って、ふるまいをそっと支えるような、相手のことを考え尽くすという設計スタンスが大事なのではないでしょうか?

場所の魅力を引き出すことで、馴染んでいく建築を目指す

photo by Koji Fujii / Nacasa and Partners Inc.

世の中には結婚式場がたくさんあるけれど、UFOみたいな建築はつくってはいけない、と強く感じますね。その場所に無関係で突飛な形がぼんとあるような建築…。

リボンチャペルも突飛な形に見られがちですが、そうではありません。ここには、山があり、海があり、360度美しい景色がある。丘を上がる過程で木々が見え、草原の中を進むようにぐるりと回遊する。中腹にたどり着くと、だんだんと山が見え出し、空が大きくなり、ぱっと横を向くと、瀬戸内の美しい風景がある。帰り道には尾道の伝統的な街並みも目に入るーー。

そういった、場所の魅力を最大限に引き出す仕掛けがあることで、建築がその場になじんでいくのではないでしょうか。

それにあの建物は鉄骨造です。尾道は造船業が盛んな鉄の街という側面もあり、造船で培った溶接や鉄を曲げる技術で何か建築ができないだろうか、と考えました。地域の産業と共にあるような建築のあり方も模索しましたね。構造は鉄骨造ですが、外装は木材を使用しています。白い塗装をしてふんわりとしたイメージに仕上げました。なるべく自然素材でやりたいという気持ちもあり、木目を残して塗装して。時を経るごとにグレイッシュにエイジングしていくのを目指しました。

ふとすれ違う運命の瞬間。この建築だからこそできる体験

photo by Koji Fujii / Nacasa and Partners Inc.


僕も完成してから実際に歩いてみましたが、面白いのは、同時にスタートした相手とふっと、すれ違う瞬間。まさに偶然にすれ違う体験。普通の生活ではなかなかありませんよね。

階段は住宅設計ではあまり重視されないことも多いんです。当たり前ですが、階段は上下に移動するための存在。上下運動は、人の感情を強く揺さぶるような体験になるんですよ。だって、基本的に人間は水平移動をするようにつくられているし、そう生きていますよね? 目も水平移動をしやすいようなつくりになっている。だから、上下運動は非日常の体験を生じやすい。さらに、リボンチャペルは「すれ違う」という新しいファクターももっています。

瀬戸内のリゾート地で記憶に残る体験をーー

photo by Koji Fujii / Nacasa and Partners Inc.

新郎新婦が別々の階段を上って、頂上で出会って、結婚の宣言をして、一緒に降りてくるというセレモニーは竣工してから生まれたものなんです。設計をしていた頃、そういうセレモニーしてくれるといいね、と話していたことが実現して、さらに式の前日に登ってくれるカップルもいるようで、それを聞くと嬉しいものです。

リボンチャペルのある「ベラビスタ スパ&マリーナ 尾道」は、これからどんどん新しい施設ができる予定で、僕もわくわくしています。宿泊やレストランでご飯を食べるだけでも楽しめる場所。リボンチャペルを体験して、感想を聞かせてほしいですね。

ベラビスタ スパ&マリーナ 尾道

広島県尾道市浦崎町大平木1344-2
電話: 084-987-1122

photo by Koji Fujii / Nacasa and Partners Inc.

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【プロフィール】
中村拓志(なかむら ひろし)
1974年東京生まれ。神奈川県鎌倉市、石川県金沢市で少年時代を過ごす。1999年明治大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。同年隈研吾建築都市設計事務所入所。2002年にNAP建築設計事務所を設立し、現在に至る。地域の風土や産業、敷地の地形や自然、そこで活動する人々のふるまいや気持ちに寄り添う設計をモットーとしている。

代表作に「狭山の森 礼拝堂」、「Ribbon Chapel」、「Optical Glass House」、「録museum」など。主な受賞歴にJIA環境建築賞、日本建築家協会賞、リーフ賞大賞などがある。

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少し照れながらも、コンセプトを語ってくださった中村拓志氏。ハレの舞台をいかに建築で演出するか、また周囲の環境を活かしきるか。中村さんが常に追い求めることが込められた建築なのだということが伝わってきました。

次回は中村氏が設計した中でも、特に若者が集う複合施設「東急プラザ」の前編をお届けします。お楽しみに!



Text: Nana Yamamoto

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