
窓辺の光が宿る家 100年を経た古民家の再生
推定築100年以上の古民家のリノベーションを手がけた建築家・北村拓也さん。住まいを囲む下屋(げや)に着目し、雪国の知恵を現代の暮らしへとつなぐ魅力的な空間を完成させた。時間を重ねたものへの愛情と敬意を感じる北村さんならではのリノベを紹介。
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高島の風土と物語に寄り添う山あいの古民家をリノベーション
琵琶湖の西部に位置する滋賀県高島市は、古くから都(みやこ)と北陸を結ぶ交通の要衝として栄えた地域。町村の合併を経て高島市となってからは県内随一の面積規模を誇り、冬の積雪量が多い山間地域はスキー客などに人気のスポットとなっている。
北村さん率いるCorred Design Officeのチームが設計を手がけた「窓辺の家」も、冬には雪景色が広がる高島市内の山すその一軒家。施主さまが購入した空き家を、セカンドハウスと民泊の双方に活用できる拠点へとリノベーションするプロジェクトが始動した。
北村さんはいつも、設計に先立って土地の歴史や気候をじっくり調べ、その地域ならではの建築文化を尊重しながら設計を進める建築家だ。それは今回の「窓辺の家」も然り。まずは作品名にある通り、リノベーションで生まれた「窓辺」からご紹介していこう。
住まいをぐるりと囲む下屋に着目「でも、雪は今でもそんなに積もる?」
「窓辺の家」の築年数は推定で100年以上。積雪量の多い地域ゆえ、屋根は雪の重みから建物を守る合掌造り。住空間は「下屋(げや)」と呼ばれる低い庇のスペースでぐるりと囲われ、その下屋も、「雪囲い」の板で外部と仕切られていたという。
「この地域の古民家には、合掌造り×下屋の組み合わせが多く見られます。そのため、今回のプロジェクトの知見が同タイプの空き家活用にも役立つよう、風土から生まれた建物の特徴をしっかり捉え、現代の暮らしに生かす設計を目指しました」
そう振り返る北村さんが特に着目したのが、住まいのまわりをぐるりと巡る下屋だった。雪対策の下屋や雪囲いは、かつての知恵として重要な存在だったが、同時に「外の景色が見えない」「光が入らない」といった課題もはらんでいる。
そこで、「今でも、雪はそんなに積もるのか?」というシンプルな問いを立てた北村さん。実際に気象データをリサーチし、近隣住民の方々にもヒアリングしたところ、現在は昔ほど雪が積もらなくなり、雪囲いを撤去する家も増えていることがわかった。この結果を受けて、北村さんは大胆なアイデアを打ち出す。
「下屋の雪囲いを取り外し、外に開いた“窓辺”の居場所にできないか」
それは、かつての暮らしを守っていた建築的要素を、今の暮らしに合わせて「ひらく」提案だった。風土に根差した知恵に新たな意味を与える──そんな思いから、今回のリノベーションがスタートしたのである。
下屋を光あふれる「窓辺」に一新陰影を愛でる、心落ち着く空間デザイン
リノベーション後の「窓辺の家」は、下屋が生まれ変わった明るい「窓辺」と、複数の和室をつなげて改修した大きな「広間」がメインとなった住宅だ。
下屋だった窓辺には、長い斜線で描いた三角形の小上がりを設置した。陽光に包まれた小上がりは広い部分で寝転がり、狭い部分で腰かけて本を読むなど、さまざまな過ごし方ができる楽しくて居心地の良い場所だ。細長い三角形という形状も大胆かつユニークで、山あいの自然とどこか呼応するかのよう。周囲のおおらかな風景ともフィットし、小上がり全体が自然の中の1ピースのように思えてくる。
もう1つ、窓辺で注目したいのが内装だ。窓辺は光と緑が映える透明感のある白色塗装で仕上げられているが、窓辺とシームレスにつながる広間に使われているのは古色塗装の漆黒の木材。
北村さんはこの白×黒のコントラストについてこう話す。
「重厚な暗がりから、柔らかな光の差す空間を眺める──日本人にとって心地よい感覚って、そういうところにあるような気がするんです。軒が深いお寺の堂内から、光が当たる白砂の枯山水を見つめるような静けさです」
確かに、文豪・谷崎潤一郎の『陰影礼賛』よろしく、暗い場所から明るい場所を見てその陰影を愛でると、華美とは真逆の静かな美しさが心地よく思えてくる。それはおそらく日本人のDNA的なもので、この広間と窓辺は、「日本の古民家」であるこの家の魅力が存分に引き出された場所といえそうだ。
ちなみに、リノベーションでは耐震・断熱を強化して床暖房も導入。広間の大空間をフレキシブルに使えるよう、間仕切りになる可動式家具を用意するなど、快適性や使い勝手への配慮もなされている。北村さんによると、間仕切りを可動式の「家具」にした理由は家全体の収納不足をカバーするためなのだとか。日本建築の美学を感じる空間デザインもさることながら、住まい手の利便性を考えた思いやりのある設計も北村さんの魅力だ。
工芸品のような小屋組みを鑑賞刻まれた時間を愛でる住まい
「窓辺の家」には、この地域で紡がれてきた住まいの文化をたたえるかのように、建物そのものが主役になる仕掛けもある。キッチン上部にはめたガラス窓から見える、合掌造りの小屋組み(※)がそれだ(※屋根を支える棟木、垂木、梁、柱などの構造)。
この小屋組みは玄関ホール上部のものだが、天井を張ってあるので、玄関ホールにいるときは小屋組みが見えない。つまり小屋組みを鑑賞する楽しみは、キッチンに入った人だけが味わえる特別なサプライズ。
「小屋組みがあまりに素敵だったので、眺めて楽しむ仕掛けを考えました」
素朴で繊細、それでいて力強い合掌造りの小屋組みは先人の知恵が詰まった工芸品を彷彿とさせ、しばらく眺めていたくなることうけあい。こうした楽しみは、新築の住まいでは絶対に得られないリノベーションならではの価値だろう。
「全てを変えるのではなく、現代の暮らしに合わせてアップデートする。古いものに新しい魅力を重ねていく多層的なリノベーションがいいなと思っています」と北村さん。この家でいえば、下屋→窓辺が「現代の暮らしに合わせてアップデート」の一例だ。
改修ポイントを絞ったこのつくり方は、コスト面でもメリットがある。でもそれ以上に、地域の自然と長年共存してきたあかしであるキズや傷みもデザインの糧となり、それらが物語る生活の積み重ねが未来につながっていくことが、とても素敵なのではないだろうか。その建物しか持ち得ない、時間を重ねたものの魅力に新たな魅力を重ねて物語を紡いでいく──。そんな心の満足度が高いリノベーションが、北村さんとならきっとかなう。
撮影者:新山源一郎
北村 拓也
Corred Design Office
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