中村拓志氏インタビュー9/東急プラザ表参道【後編】天空に森と居場所をつくる
原宿と表参道の交差点に立ったら空を見上げてほしい。空中に浮かぶようにある濃緑の木々に気づくはずです。その正体は「東急プラザ表参道原宿」の屋上庭園。建築家・中村拓志氏が設計を手がけた複合施設です。
表参道に森をつくりたい。建物の設計よりもまず先に木々の配置から行ったという中村氏。その背景にあったのは「ゆるやかな一体感」というキーワードでした。
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表参道らしさを求めた屋上庭園「おもはらの森」
前回もお話したように「東急プラザ表参道原宿」の設計において、木漏れ日が落ちる「樹下空間」と「無料で休める広場をつくる」ことは、地域にとっても公共にとっても、そして商業施設にとっても絶対に必要だと考えていました。
すり鉢状の空間をつくりあげた理由とは?
この屋上の最大の特徴はすり鉢状になっているところでしょう。そこにたくさんの小さな階段があります。では、どうして段差を設けたのか?
交差点から見上げた際に緑が最大限に見えるように、建物の外周部に木々を寄せてプランニングをしていったのですが、背の高い木々ですから、根も相当大きい。いちばん低いところからすると高さ1.5mほどが必要になり、すり鉢状になっていったわけです。
すり鉢状の空間がもたらす大きな心理効果とは?
そこで僕たちは多角形の階段(ステップ)を設けてそのギャップを埋め、すり鉢状の広場にすることにしました。
すり鉢状の広場といえば、イタリア・トスカーナ地方のシエナ市にあるカンポ広場をご存知ですか? 世界でも有数の美しい広場と言われている場所です。
カンポ広場の何が魅力的かというと、そこに集まった人々が坂の下のすり鉢の底の部分につま先を向けて座っているところなのです。
ここではまったく知らない人同士が隣にいても顔を合わせることがありません。みんながみんなすり鉢の底部を見てるので、見知らぬ人と一緒にいても変な緊張感がなく、居心地がいい。そこに集まったみんながなんとなく同じように膝を抱えて座っていて、独特の一体感がある。
そんな環境を表参道にもつくれないだろうか。「おもはらの森」でいえば、木漏れ日に包まれて、風がさわさわと音を生む心地いい状況の中で、すり鉢の底=中心を見つめ、視線の先を共有する。ふと気づけば、自然とみんなが一緒の輪になり、ゆるやかにつながるという体験。
ゆるやかな一体感こそ、これからの商業施設に必要な要素
今は、インターネットでなんでも購入できる時代です。わざわざ商業施設へ足を運ばなければ体験できない価値をつくらないといけません。窓もなくて、殺風景な空間で、ただ機械的にものを選んで買うだけだったら、ネットショッピングの便利さには勝てません。
表参道らしい木漏れ日の下で「表参道に来た」と実感できるしつらえ、そのような地域性・場所性に加えて、快適な環境の中で感じる「ゆるやかな一体感」こそ、これからの時代の商業施設に必要なことではないかと僕は考えています。
自分は自分、他人は他人といった、はっきりと自他を分ける社会ができ上がりつつあるなかで、知らない人同士がコミュニケーションを取るとまではいかなくても、おだやかな一体感や身体感覚を共有できる喜びというのは、ネットではつくり出すことのできない経験です。僕はそれこそが建築がつくり出すことができる公共性だと思うのです。
すごく気持ちのいい場所で、とってもおいしいものを食べている状況を想像してください。
ふと「いい眺めですよね」などと話しかけてしまうと思いませんか? そういったちょっとした会話が生まれる状況って、非常に快適で、身体感覚を共有できたときに生まれるのだと思う。そういう環境を僕ら建築家が一生懸命つくることが大事だと考えているのです。
段差はベンチになり、背もたれになり、テーブルになる
すり鉢状の空間に設けた段差も、ただの階段ではつまらない。段差は、椅子であり、ベンチであり、座った際の背もたれにもなるし、テーブルにもなります。
ちょっとした入隅(いりずみ/窪んだ隅の部分)がぽこぽことあるので、すっとはまってみたくなるはずです。以前に手がけた住宅「House SH(↓下記リンク参照)」と同様に、体がふっと建築に吸い寄せられるような仕掛けをつくっています。つまり、使う人が身体的に建築と関わるわけですね。
ふるまいを共振させる仕掛け
僕は場をつくるときに、“ふるまい”が共振することを考えています。ある“ふるまい”がつながって呼応していくような。そういうちょっとした仕掛けが必要なのです。
単純にフラットな広場があればいいのではなく、自然とみんなが同じようなふるまいをしてしまう仕掛けをつくる。そしてその場所が快適でずっといたくなるようにする。こういった場をつくることが、僕にとって“ふるまい”をデザインすることであり、それに通じた公共空間の作り方なのです。
もちろん、あざとい仕掛けではダメですし、行動を強制する空間であってはいけない。「あまりにも気持ちがいいから自然とそう動いていた」という自然さをいかにつくるかが、難しく、やりがいのあるポイントですね。
個性的な木々と対話する場に
屋上庭園の中央には大きなトップライト(天窓)を用意しています。アトリウム全体に木漏れ日を落とすため、トップライトの外周ぎりぎりに木を寄せて植えています。
ここではその根鉢の段差を吸収するように、その上をバーカウンターにしています。トップライトの周囲の根鉢の高さに合わせてつくったもので、高めのカウンターに座るとちょうど土と目線が近くなり、そこに咲くすみれや山野草などの小さな草花と対面することになります。普段は地面に咲いていても気づかないような小さな花の存在に気づいてもらいたいな、と。
それに、実は植えてある木も特徴的なものばかり。ここを記憶に残るものしたかった。大量生産品のような木々ではなく、個性を持っている木にしたかったのです。木と対話してほしい、と。
夜の「おもはらの森」もいいものです。それぞれの段差の内部に照明を仕込んでいて光がぽこぽことあって、低いところに明かりがたまっているような空間にしました。
環境と経済を結びつける
明治神宮の森は素晴らしい森ですが、あれは荒れ地に近い状態からわずか100年でつくられたものです。
「東急プラザ表参道原宿」では、賃料収入の面から路面にお店を最大限とらざるを得なかった。だから、路上に木を植えることはできなかったけれど、上空に森をつくったわけです。
建築的工夫によって緑あふれる居心地の良い環境を作り、それが商業の売り上げにも寄与するならば、都心はもっと緑が増えるでしょう。僕は環境と経済という一見、相反するものを共存させて、社会そのものがより良い方向へ進んでいくための一助となりたいですね。
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【プロフィール】
中村拓志(なかむら ひろし)
1974年東京生まれ。神奈川県鎌倉市、石川県金沢市で少年時代を過ごす。1999年明治大学大学院理工学研究科博士前期課程修了。同年隈研吾建築都市設計事務所入所。2002年にNAP建築設計事務所を設立し、現在に至る。地域の風土や産業、敷地の地形や自然、そこで活動する人々のふるまいや気持ちに寄り添う設計をモットーとしている。
代表作に「狭山の森 礼拝堂」、「Ribbon Chapel」、「Optical Glass House」、「録museum」など。主な受賞歴にJIA環境建築賞、日本建築家協会賞、リーフ賞大賞などがある。
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