心の傷は「“癒す”のではなく“癒える”もの」柄本佑が語る、役者としての原動力
阪神・淡路大震災時に被災者の心のケアに奔走した精神科医、安克昌の人生を描き話題を呼んだNHKドラマが、『心の傷を癒すとい...
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阪神・淡路大震災時に被災者の心のケアに奔走した精神科医、安克昌の人生を描き話題を呼んだNHKドラマが、『心の傷を癒すということ 《劇場版》』(公開中)となってスクリーンに登場する。主人公であり、志半ばで亡くなった実在の人物を演じるのは、あらゆる作品で特別な存在感を放つ実力派俳優の柄本佑。本作で「俳優って、こんなこともできる仕事なんだ」と新たな発見があったという柄本。「誰もが同じ方向を向いて走っていた」という撮影期間を振り返ると共に、自分を励まし続けてくれる家族、先輩俳優への想いを明かした。
「こんなに私的な想いで作品に臨んだのは初めて」
安克昌の著書「心の傷を癒すということ 神戸…365日」を原案に、険しい道のりを家族と共に歩んだ彼の人生に迫る本作。安克昌をモデルとした主人公の安和隆役を柄本、妻の終子役を尾野真千子が演じている。2020年1月からNHKで放送されたドラマを再編集し、劇場版が完成した。
3人の子どもと妻を残し、2000年12月に39歳の若さで亡くなった安。本作には、彼が目には見えない“心の傷”と向き合い、最後まで人の苦しみに精一杯、寄り添おうとしていた姿が刻み込まれている。柄本は「とても“私的な想い”で作った作品」と告白する。
「安先生のご家族に向けて、すてきなプレゼントとしてこの作品を贈ることができたらいいなと考えていました。映画化がかなったことで、また新たに安先生のことを知る方もきっと増える。安先生の言葉に興味を持って、原作を手にする方もいらっしゃると思います。もちろんそういった喜びもありますが、ご家族へのプレゼントがまた一つ増えたということが、なによりもうれしいことでした」。
「人間の心を知りたい」と精神科医を志すようになる学生時代、終子と恋に落ちる青年期から、病におかされていく姿まで、減量にも挑みながら、主人公の人生を演じ切った。クランクイン前には、安克昌ご本人の家族からいろいろな話を聞いたという。
柄本は「奥様は、安先生のお話をされる時にはいつも、一緒に過ごした当時に戻ったような、うれしそうなお顔で話されるんです。僕が『ラブラブだったんですか?』と聞いたら、『ラブラブでした』とおっしゃっていました。本当にすてきなご夫婦だったんだなと思いますし、お子さんたちを見ていても、ものすごくいい子たちなんですよ」とにっこり。また「末っ子のお嬢さんが、ずっと撮影現場に張り付いてくれていた」そうで、「セリフも、その子に向けて言っていたようなところがあります。その後ろには奥様、長女、長男がいるんだと思い、安先生のご家族に向けて、狙い撃ちで作品を作っていました。そんな私的な想いで作品に臨んだのは、これまで一度もない経験です」と明かす。
「心の傷は“癒す”のではなく、“癒える”もの」
本作から、人間は身体だけでなく、心も傷つく生き物であることがひしひしと伝わる。また、傷つき方、その深さ、癒え方も、人によってまったく違うものだ。手探りしつつ、真摯に被災者たちの心の傷に向き合っていく主人公を通して、柄本は「安先生の勇気を感じた」と敬意を表する。
「被災者の方々が集まっている避難所である体育館を、初めて主人公が訪れるシーンがあります。その場面を演じた時に、改めて『身一つで、体育館に足を踏み入れた安先生の勇気はすさまじいな』と思いました。心の傷というのは、血が出るものでもなく、聴診器を当てて診断できるものでもない。そこでの医者にとっての武器は、“寄り添う”ことでしかないわけですから。具体的な道具をなにも持てないなか、あの場に足を踏み入れるなんて、ものすごい勇気がいることだと思います」としみじみ。
柄本自身、「どうしたら心の傷を癒せるのか」と考えを巡らせたといい、「濱田岳さんの演じた湯浅先生のモデルとなっている方に、『心の傷を癒すって、どういうことなんでしょうか?』と聞いてみたんです。そうしたところ、『安先生ともよく、“心の傷は癒すんじゃなくて、癒えるんだよな”という話をしていた』とおっしゃっていて。『1日で心を開いてくれる人もいれば、1か月経っても、2か月経っても心を開いてくれない人もいる。相手に寄り添って、その方が話をしてくれるようになるまで待つしかない』とお話されていました」と述懐。「震災後には、いろいろな物事が猛スピードで進んでいったと思いますが、それに流されることなく、立ち止まって、それぞれの心に寄り添ったというのはすごいことだと思います」と人の心の複雑さを噛み締めながら、医師の奮闘を称える。
また「学校も社会も、とかく“人数が多い・少ない”など多数決で物事を判断しがちですが、少ないほうの声に耳を傾けることの大切さも実感しました。それがたとえ一人の声だったとしても、みんなが少しずつそういった視野を持つことで、いろいろな人の想いに気づけるはず」と安克昌の姿から、受け取るものは多かったという。
「役者としての原動力は、家族の存在」
映画『美しい夏キリシマ』(02)のオーディションで主役を掴み取り、俳優デビューした柄本は現在、34歳。映画、ドラマに引っ張りだこで、『きみの鳥はうたえる』『素敵なダイナマイトスキャンダル』(ともに18)など一筋縄ではいかないような役どころで高い評価を受け、また吉高由里子主演のドラマ「知らなくていいコト」では、包容力あふれる大人の男を好演して世の女性たちをキュンとさせるなど、ますます魅力的な俳優として進化を遂げている。
そんな柄本にとっても、「具体的な誰かを思い浮かべて、作品づくりに取り組む。しかもみんな一体となって同じ方向を向いて、その人たちのために作品づくりができるなんて、初めての経験だった」という本作。「ものすごく緊張したし、なんとか安先生のご家族に喜んでもらいたいという気持ちで、臨んでいました。演技が上手いとか下手とか、そういうものもすべて超越した作品づくりになっていた気がします。原動力としては、もっともシンプルで、もっともいい形だったんじゃないかな。これはなかなか得難い経験」と振り返り、「役者人生のなかでも、記念碑的な作品になった」という。
本作を観た、父親で俳優の柄本明からは、「あれ、おもしろかったな」との言葉をかけてもらったそうで、「あまりそういうことを言わない人ですから、なんだかうれしかったですね」と目尻を下げる柄本。役者として邁進するうえで、一番の支えになるのは「家族の存在」だと語る。
「父親や弟もそうだけれど、妻や子どもなど、家族が元気でいてくれるだけで、前に進む力をもらえます。元気でいてくれるからこそ、安心して仕事に取り組めるし、没頭もできる。それがなによりの僕の原動力」。同時に憧れる役者の先輩たちと過ごす時間も、みなぎる瞬間だ。「一度、(石橋)蓮司さんに『お前、いいじゃねえか』と言っていただいたことがあって。ものすごくうれしかったですね。あと橋爪功さんにも『(芝居)うまいんだな』と声をかけていただいたことがあり、『よっしゃ!』となりましたね(笑)。驚いたし、そう言っていただければいただくほど、『もっと頑張らないと』と、身が引き締まる想いがしました。自分自身、憧れているような方にそんな風に言っていただけるとものすごく励みになるし、この先がまた楽しみにもなりました」と清々しい笑顔を見せていた。
取材・文/成田おり枝
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