
「お墓参りがてら、また来るね」亡き愛猫がもたらした父と娘の「雪解け」
順風満帆に過ごしている日々もあれば、思いがけないトラブルに巻き込まれたり、人生の分岐点が突然目の前に立ちはだかることもある。何を選び、どう生きていくか、すべては自分次第だ。今回は愛猫によってふたたび紡がれた父と娘の絆のストーリー。
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<前編のあらすじ>
氷川家の愛猫モモは18歳まで生き、ついに臨終のときを迎えようとしていた。モモとの最後のときを過ごすべく、離れて暮らしていた娘の柚も戻ってくる。
しかし、家の中に流れる空気はどこか重たい。実は父・慎吾と柚には埋まることのない深い溝があった。二人の溝は狭まることはないまま、ついにモモは旅立ってしまうのだが……。
愛猫は荼毘にふされ
悲しみに暮れていても、生きている人間は現実を生きねばならない。家族で話し合った結果、モモの葬儀は、ペット専用の葬儀会社に依頼することになった。
火葬にも自治体で安価で請け負ってくれる自治体火葬や、民間の合同火葬や個別火葬など様々な方法がある。もちろん民間の葬儀会社に依頼したほうが費用はかさむが、最後までモモと一緒に寄り添うことを希望したため、民間の個別火葬の中でももっとも手厚い方法である立合個別火葬を選択した。
費用は25,000円ほど。人間と同じような方法で見送りたい気持ちがそれぞれにあった。お別れの時間を作ってもらい、モモのそばに大好きだったおやつを添え、無事に火葬を終えた。
さらに供養の仕方も、話し合いの結果、個別のお墓に埋葬することになった。200,000円という金額は、ペットにかけるには高いのかもしれない。けれども氷川家にとってみれば、家族を見送る金額と思えば、決して高い金額ではなかった。
小さな骨壺をモモのお墓に納骨し、三人で手を合わせた。
「今頃モモ、おやつ食べてるかな」
「足りないって怒ってるかもね」
ふいにモモがおやつを「もっともっと」とねだるときの、足元にまとわりつくあの感覚が蘇った。今度来るときは、もっとたくさんおやつ持ってくるからね、と心の中で汐里は呟き、お墓を後にした。
俺の方こそ、悪かった
家に着くと、気のせいか、リビングがいつもより底冷えしているように感じた。悲しみはまだ癒えなかったが、使う主のいないキャットタワーやトイレなどを見るのが辛くて、汐里たちはモモが使っていたものを片付け始めた。モモの大好きだったネズミのおもちゃ、爪とぎに使っていた段ボールのサークルや猫の足型模様のフードボウルなどを袋に入れて倉庫にしまった。
そしてモモの匂いがまだ残るクッションだけは、柚がしばらくそれを抱きしめた後、「これ持って帰っていい?」と尋ねたので、「もちろんよ」と汐里は答えた。
柱にはモモが爪を研いだ跡がくっきりと残り、モモが生きていた確かな証となっていた。柚がその傷を愛おしそうになぞりながら言った。
「中学生の頃、モモが私の部屋で寝てくれるのが嬉しくて。友達に自慢したら、嫉妬されたんだ。『猫に懐かれるなんて羨ましい』って」
「そうだったな。夜中にモモが部屋をうろうろして、柚が『寝られない』って騒いで。でも結局、朝になったら一緒になって寝てたっていう」
「そんなこともあったわね。あなた、『人騒がせな』って怒ってたわよね」
「お父さん、私に嫉妬してたでしょう、あのとき」
「そんなわけ」
「違うわよ、モモに嫉妬してたのよね」
「そっちか」
「何だよ、勝手に決めつけて」
慎吾がすね、二人が笑った。二人の笑顔を見て、慎吾も笑った。モモが亡くなってから、氷川家にしばらくぶりに訪れた温かい時間だった。しばらくモモの思い出話は尽きることがなかった。
だが、やがて柚の帰る時間が近づくと、誰ともなく三人は押し黙った。モモがいなくなってしまったこの家に、柚が再び帰ってくるのだろうかいう不安な気持ちに汐里の心は苛まれていた。会話の糸口を探すも、見つけることができず重い沈黙が漂う。そんな沈黙を打ち破り、柚がぎこちなく声を発した。
「じゃあ……、そろそろ帰るね」
「……そうか」
時が戻ってしまったかのように、柚と慎吾のあいだにぎくしゃくとした空気が漂った。見送りのために玄関の外に出る。何か言わなくては、でも何を言えばいいのか、汐里が逡巡していると、唐突に柚が言った。
「ごめんね、お父さん。私、あのときのこと、ずっと後悔してた」
慎吾も汐里も、触れてはいけないものを急に目の前に突き出されたように戸惑い、返す言葉を見つけることができなかった。
「あいつはやめたほうがいいって、お父さんの言ってたこと、結局図星になっちゃって。なんかダサすぎて、自分のこと」
バツ悪そうに髪を触りながらそういう柚に、慎吾と汐里が黙って首を振った。
「俺の方こそ、悪かった。つい感情的になってあんな言い方……」
汐里はそのやり取りを静かに聞きながら、涙を堪えることができなかった。そして何かを振り払うかのように、柚がさっぱりとした口調で言った。
「次の連休に、モモのお墓参りがてら、また来るね」
「ついでかよ」
慎吾が突っ込むと、「ついでだよ」と言って柚が笑った。
「ついでじゃなくても、帰ってきなさい」
「いつでも、待ってるからね」
柚は素っ気なく頷いて、踵を返した。
柚の背中が小さくなり、やがて見えなくなると、汐里は夜空を見上げた。それぞれが少しずつ素直になることを、もしかしたらモモがそうさせてくれたのかもしれない。
――ありがとう、モモ。モモもきっと、嬉しいよね。
にゃあ、と汐里には聞こえたような気がした。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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