
アシスタントだった妻が先に売れて自分は無職に…離婚を決めた漫画家夫婦の夫が「婚姻中には言えなかった」一言
順風満帆に過ごしている日々もあれば、思いがけないトラブルに巻き込まれたり、人生の分岐点が突然目の前に立ちはだかることもある。何を選び、どう生きていくか、すべては自分次第だ。今回は、妻が先にブレイクして高収入となった漫画家夫婦のストーリー。
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<前編のあらすじ>
突然忙しくなり注目を浴びたことで戸惑う千尋。一方の卓志は打ち切り同然で連載が終了し、夫婦関係は気まずくなっていた。
夫に憧れて漫画家を志していた
千尋は仕事場に用意した簡易ベッドに寝転がりながら、スマホを眺める。放送中のドラマの感想をSNSでエゴサをしたり、同業者の投稿にいいねをしたりする。ふと気になって卓志がやっている志藤現在のアカウントにも飛んでみたが、連載完結のお礼の投稿以来、SNSはまったく動いていなかった。
『あんたの作品にそんなファンなんて今までいないでしょ?』
あのときの口にした自分の言葉がはっきりとよみがえる。
「どの口が言ってんのよ……」
千尋は元々、志藤現在のファンだった。志藤現在に憧れて漫画家を志し、弟子入りもした。長らくアシスタントをしながら、漫画を教わった。尊敬はいつしか愛情へと変わり、結婚をした。二人三脚で売れないながらも漫画を続けてきた。アシスタントなんて雇う余裕がなかった千尋の背景を、卓志が手伝ってくれたこともある。お互いの漫画を読み合い、感想を交換し、切磋琢磨(せっさたくま)してやってきた。
思えば随分と遠いところへやってきた。けれどアシスタントから同業者になり、恋人から妻になっても、千尋が志藤現在のファンであることは変わらなかった。
それなのに、千尋は卓志に向かって最低な言葉を投げつけた。あのときの卓志の表情は、今もまぶたの裏に焼き付いている。
自分の一言が憧れの漫画家の筆を折ってしまったのかもしれない。そう思いながらも、千尋には卓志になんと言葉をかけていいのか分からなかった。
妻が夫より先に売れたから?
ドラマ化による忙しさも落ち着き、以前のペースでこなせるようになったころ、卓志から久しぶりに連絡が来た。
3カ月ぶりに帰った家は、きれいに整理整頓されていた。いつもの食卓に座っていた卓志は決意を秘めた目をしている。
その瞬間、そういうことかと納得した。
「千尋、俺たち、もう終わりだよ」
千尋が座るとすぐに、卓志はそう切り出し、離婚届を机に置いた。
もうすでに卓志が記入する欄は埋まっている。
「……そう」
「お互い別々の道に進もう」
千尋はじっと何かに耐えるように、唇をかんだ。現状を見れば、お互いのために離れた方がいいのだろう。それはよく分かる。卓志からの連絡がきたときも、千尋はこうなることをある程度覚悟していたように思う。
自分たちは、一体どこでボタンを掛け違えてしまったのだろうか。
かんだ唇がほころんだとき、吐き出す息の代わりに言葉が口を突いた。
「……離婚の原因は何? アシスタントだった私のほうが売れたから? それとも妻の私が夫のあなたよりも売れたから?」
卓志は口を真一文字に締め、千尋の口からは考えるよりも早く言葉があふれでる。止まらなかった。
「やっぱりあなたのプライドがそれを許さなかった? てことはあなたが売れてたら、離婚なんてしなかった? 私がずーっとあなたの下で売れない漫画家を続けていれば、離婚なんてしなかったんだ」
「……そういうことじゃねえよ」
「じゃあ何で離婚なの? 別に離婚したくないって駄々こねてるわけじゃないの。こっちだって清々している部分もあるし。いつまでも売れない漫画家の愚痴を聞かなくてよくなるからね。でも、納得いく理由は頂戴よ」
「お前はお前で、しっかりやれるようになったんだ。だったらもう一緒にいる意味はないと思ってな」
千尋は深く息を吸った。だが吐き出そうと思った言葉は喉の奥のほうでほどけ、声にはならなかった。
結局、千尋と卓志は漫画家同士でしかなかっただろう。戦友でしかなかっただろう。書面を交わしただけで、自分たちは夫婦になり損ねていた。
けれど千尋は、卓志と夫婦になりたかった。そのために、いろいろなことを犠牲にし、耐え抜き、生活を続けてきた。だがそれでも千尋の願いが実ることはなかった。
足りなかったのは、自分だろうか。それとも夫だろうか。妻が夫よりも売れることは、夫婦関係を壊さなければいけないほどの罪なのだろうか。
千尋は吸った息を、そのまま吐いた。もう何を言っても無駄だった。
「これからどうするの? 私はまだしも、次の連載のめどあるの?」
「当ては、あるよ?」
「へえ、何?」
「知り合いで、飲食やってる人がいるから、そのお店で働かせてもらおうかなって……」
やっぱりもう、志藤現在は筆を折るつもりなのだ。
「もう疲れちまったよ。編集とか読者の顔色伺いながら描くのさ。向いてなかったんだよ。辞めるって決めたら気楽だ。こんなに息を吸うのが楽なのは久々だ」
千尋は出掛けた言葉をのんだ。息が吸うのが楽な人は、そんなふうに悔しそうな顔をするはずがない。何て言葉をかけていいのか分からなかった。
代わりにペンを取り、机の上の離婚届に記名を済ませる。
「……財産分与とか、あとは弁護士に任せましょうか」
「……ああ。そうだな」
「それじゃあ、私、行くわね」
「うん。千尋、今までありがとう。お前の作品の成功を心から願っているよ」
千尋は目線を床に落とした。
バカね。それをもっと早くに言いなさいよ。いや、違う。きっと離婚するから言える言葉なのだろう。
「ありがとう。あなたと、そしてあなたの作品と出会えたことで今の私があるの。本当に感謝してる」
卓志はだらりとうなずいた。
「もうあなたとは夫婦でも弟子でもアシスタントでもなくなる。でも、ファンではいさせてよね。志藤現在は、ずっと私の目標でもあるんだから」
千尋はそれだけ言い残して、卓志に背を向けて2人でたくさんの時間を過ごした家を後にした。振り返りはしなかった。だから千尋の言葉に卓志がどんな反応を見せたのか、千尋には分からなかった。
売れてる妻と売れてない夫
それから1年の時が過ぎ、千尋は編集部に呼び出しを受けた。
神妙な面持ちの担当者は携帯を渡し、とあるアカウントを見せてきた。
「これ、志藤先生のアカウントなんですけど、ここで先生が漫画を描いてアップしているんです」
「えっそうなんだ」
千尋はその内容を見て驚いた。
タイトルは『売れてる妻と売れてない夫』。
妻・ちーと夫・たくが出会い、結婚し、離婚するまでの日々を虚実が混ざるコメディー風に描く作風は、これまでの志藤現在の作品とは全く異なるものだった。
「どうします? 編集部ではアゲハ先生の意向にのっとって対応するということになっていますが……」
千尋はその漫画を見ながら、千尋はほほ笑む。
「気にしなくていいですよ。もう昔のことですし」
「そうですか……。先生がそうおっしゃるのなら……」
千尋は担当者に携帯を返す。
「先生、何でうれしそうなんですか?」
「そうですかね? でも面白い漫画に出会ったら、うれしいじゃないですか」
千尋の胸中では、卓志が漫画を描いていることへの安堵とあれだけ嫌がっていたSNSで漫画を描いていることへの驚きが入り交じっている。志藤現在はプライドを投げ捨てて、漫画家としての再起に勝負をかけている。
千尋と卓志は夫婦になり損ねた。
けれどこれまでも、そしてこれからも、たとえ距離は離れていても、2人は戦友でいられる。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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