「シャリファ・アスマ」【松本路子のバラの名前・出会いの物語】
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バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、春から秋まで繰り返しよく咲くバラで、オマーン国の王女の名を冠したイングリッシュローズの‘シャリファ・アスマ’をご紹介します。
香りのバラ
秋バラの季節。我が家のルーフバルコニーでひときわ華やかに咲いているのが、‘シャリファ・アスマ(Sharifa Asma)’。フルーティな香りが辺り一面に広がり、バルコニーでも1、2を競う香りのバラだ。作出者は、白ブドウの香りをイメージしたという。
名前の由来
20年ほど前に我が家に苗がやってきた当初、その不思議な名前の由来が分からず、ミステリアスな存在だった。作出したデビッド・オースチンのナーサリーからその由来が明かされたのは、数年前のことだ。
「シャリファ・アスマ」は、アラビア半島に位置するオマーン国の王女の名前だという。王女の夫から誕生日のプレゼントとして、新たに誕生したバラにその名が授けられた。
名前の命名権
バラの名前の由来には大きく分けて2通りある。
まずは新品種を作出した人が、自ら命名するケース。家族の名前、尊敬する人物、詩や小説の主人公、さまざまな芸術分野からなど、人物の名前も数多い。
また、花の色や形態からイメージして名付けられることも少なくない。
もう一つは、命名権が販売されるケース。‘シャリファ・アスマ’のように、愛する人にバラの名前を贈ることができるのだ。
ベルギーのバラのナーサリーを訪れた時、「まだ名前のないバラ」を紹介されたことがある。温室の中のそのバラは、ランブラーのかなり大きく育った苗だったが、命名権が売りに出されているのだという。当時そのことを知って感銘を受けたが、命名権の値段を尋ねることまで思い至らなかった。あのバラの名前はどんな人に、どのような値段で買い取られたのだろうか。
王女、シャリファ・アスマ
オマーン国の王女、シャリファ・アスマとは、どんな人物なのか? バラの名前の由来がわかってから、ずっと気になっていた。アラビア諸国では、女性が表舞台に登場することが少なく、いろいろ調べても不明だった。在日オマーン・スルタン国大使館の広報官や、本国の広報ディレクターに尋ねてもその人物にたどり着けず、いまだ存在は霧の中にある。
2人の王女
私がオマーン国に関心を寄せるのには、もう一人の王女の存在がある。かの地には、日本人の母親を持つ王女がいるのだ。2020年1月に亡くなったカブース国王の祖父、タイムール元国王と日本人女性との間に生まれたブサイナ王女。
1932年に息子に王位を譲った後、アジアを旅行中のタイムール元国王が、神戸で大山清子さんと出会い、ふたりは恋に落ちた。やがて女の子、ブサイナ王女(日本名、節子)が生まれ、家族は神戸で暮らしていた。だが王女が3歳の時、清子さんが病で亡くなり、元国王は王女をオマーンで育てることに決めたという。
知人の『週刊朝日』の記者、下村満子さんが1973年に現地でブサイナ王女にインタビューを試みている。その記事を読み、また下村さんから話を聞き、私は彼女の数奇な運命に思いを馳せた。その後、王女は日本への思いを募らせ、5年後に母親の墓参に来日している。82歳になる王女の現在もまたベールに包まれているが、オマーンが親日国として知られるのには、こうした歴史背景があるからかもしれない。
シャリファ・アスマ王女とブサイナ王女。オマーン国の2人の王女のことを思い起こさせるバラ‘シャリファ・アスマ’。ちなみにオマーンの国花は赤いバラだ。
バラ‘シャリファ・アスマ’
1989年、イギリスのデビッド・オースチンによって作出された、イングリッシュローズの名花。花の中心部がピンクで、周辺に広がるにつれ淡い色から、白色になる花びらのグラデーションが美しい。オールドローズの雰囲気を色濃く持つロゼット咲きで、よく返り咲く。
葉は濃い緑色で、厚みがあり、葉脈が細かく浮き出ている。
樹形は半横張り性、1~1.5mの中低木で、鉢植えでも育てることができる。香りはイングリッシュローズの中でも際立ってフルーティで、香りのバラ‘ボレロ’の交配親でもある。
西アジアの野生のバラは、ヨーロッパにわたり近代バラの交配親として、その誕生に貢献している。‘シャリファ・アスマ’の中にもアラビア半島原産のバラの血統が息づいているのではと、想像を逞しくしている。
Credit
写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-20年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。
(noteでWebマガジン始めました。
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