「眺望」も「調和」も実現 スキップフロアが叶えたつながりの家

都市計画道路事業で生まれた、六角形の変形地にそびえ立つ建物。周囲の環境と調和した外観が特徴的なこの家は、店舗や賃貸住戸を備えた複合住宅。施主の思いに寄り添う家づくりをしてきた平井さんが叶えた、長く愛される家づくりの技に迫ります。

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スキップフロアで、フレキシブルな住まい方を実現

世田谷通りから見る全景。付近には大きなお寺や世田谷線も走る閑静かつ至便な場所に建つ
六角形のこの建物は見る方向によって違った様相を呈して面白い

 都内でも指折りの住宅地、世田谷。世田谷通りを歩き、大きなお寺をすぎるとその先に、シックなタイルで覆われた外壁が印象的な、堀口さん邸が見えてくる。
 築浅にもかかわらず、しっとりとした佇まいは、ずっと前からそこにあったかのように感じられ、この街の情景にうまく溶け込んでいる。それもそのはず、外壁のタイルは周囲の環境とのマッチングを第一に考えた、こだわりの特注色なのだ。

また変形地に合わせた外観は、全ての方向に正方形の窓がランダムに配置されていて、正面や裏側のない佇まいとなっているが、見る方向が違うと、長方形に見えたり階段状に見えたりと、1つとして同じ面がないのも面白い。さらには、夜になり部屋に明かりが灯ると、建物がまるでランタンのようになるのだとか。

施主の堀口さんご家族は、もともとこの地で長く商売を営む家だったが、道路整備のための区画整理対象となり、移転か建て直しかを迫られ、慣れ親しんだこの地で、新たに賃貸併用の住宅を建てる道を選んだのだという。その際、ご両親からいただいたリクエストの1つが、「街との調和」だった。

新築の建物は、その存在感が強すぎると、周囲の環境から浮いてしまうことがある。ましてや、土地が島状の六角形の変形地。ただでさえ目立つ場所となってしまっていた。
そのような困難な条件の中、この建物の形状や外壁のタイルによって、モダンさを演出しつつ、「この街の落ち着いた環境を壊したくない」という堀口さんのご両親のこの街を愛する気持ちに、優れた素材使いと巧みなデザインで平井さんは見事に応えてみせた。
 
この建物は、その外観だけでなく中にも面白さが隠れている。一見すると4階建てで、1階に店舗とガレージ、2階が賃貸住宅2部屋、3~4階が施主住戸となっているが、実は内部がらせん状のスキップフロアとなっている。堀口さんのご両親と叔父、祖母がメインで住むことが想定されていたことから、高齢者にも優しいスキップフロアで、階段での移動を最小限にするとともに、ライフステージの変化に応じて個人の居室が変更できるようにした。
またスキップフロアの採用によって、2階に2部屋ある賃貸住戸のうち、1部屋はメゾネットタイプ、もう1部屋は天井高が約1.5層の高天井とできるなど、魅力的な賃貸住宅となっている。

夜になり室内に明かりが灯ると、この建物が街を照らすランタンのような存在に

大きな窓がもたらした、景色が楽しめる住まい

LDKの大開口からは、隣地のお寺の境内が見下ろせる。春の桜、秋の紅葉など、四季折々の植物が暮らす人や訪れた人をもてなしてくれる。
壁面を有効活用した収納棚の裏は、下階へと続く階段。天井を格子状にすることで、室内の明かりを下の階へと導きつつ、広々としたリビングダイニングとしている。

この家の魅力は、使い勝手のよい間取りだけではない。その眺望の良さに思わず「おおーっ」と声が出てしまう。
ダイニングにある大きな窓からは、すぐ隣にある寺の境内が見える。そこに茂る木々が絵画のような借景となっている。春には桜、秋には紅葉と四季折々の変化を見せ、居ながらにして季節の移ろいを感じられるという。
「以前の家は、居間に景色を見ることのできる窓がなかったので、窓からの景色を要望しました。素晴らしい景色を実現してくれてうれしく思っています」と堀口さん。
またリビング側の窓からは、世田谷通りを行き交う人や車を見下ろせる。
「完成時にこの景色を見ても何も言わなかった父ですが、ある日私が仕事から帰ってくると、父が窓辺に立ってずっと景色を眺めているのが見えたんです。ああ父もこの景色を気に入ってるんだなと感じました」
確かに、眼下に流れる人や車を上から眺めていると、時の流れを忘れるほどに見入ってしまうのがわかる。4階というちょうど良い高さからの静と動の景色が心地よいのだ。
設計段階でこれらの景色を思い描き、図面に落とし込んだ平井さんの想像力には感服するばかりだ。

また、室内の明るさにも驚かされる。ダイニングとリビングには、東側の2つの大きな窓からの日差しが入り、西からは西日を遮りながらも、屋上テラスへとつながる窓からの光が入る。そればかりか、暗くなりがちな廊下や階段には、天窓からの光を木製のグレーチングで導くようになっている。
そのため、冬場でも夜になるまで電気をつけずに過ごせるばかりか、太陽光による暖かさももたらしてくれているという。

「私は、家をつくるときに2つの『流れ』を意識しています」と語る平井さん。
「まずは、人の流れや視線の流れなど空間のつながりです。部屋の数や大きななどの間取り優先で、人の流れを意識しなかったばかりに、人がすれ違えない、上下階の移動が多く面倒といった住みづらい家となるケースがあります。また、移動している時や部屋のいるときでも、そこからに見える風景の流れを大事にしながら設計しています。設計に詳しくない人にとっては間取りから動線を想像するのは難しいので、建築家というプロの立場から人の流れを意識した間取りを提案したり、模型を作って理解してもらうなどしています」

では、もう1つというのは何だろう?
「それは時の流れです。家を建てようとする施主様の多くは、今時点の状況で理想とする家を建てたいと思われることが多いのです。例えば、子供のためにこんな設備をつけてほしいとリクエストを受けることがあります。もちろん、施主様のご要望には最大限応えます。しかし、時は流れるのです。家族が増減するかもしれない、趣味や嗜好が変化するかもしれない。でも建てた家はそうそう変えることができず、長く使い続けるものです。ですから私は、使い勝手のよいもの、変化に対応できるものという、長期的な視点にたった家づくりをご提案するようにしています」

建築家にとって、設計した家は作品である。斬新さや面白さ、オリジナリティーを追求したくなる人もいることだろう。とはいえ、その建物は人々が暮らす生活の場であり、施主のものでもあるのだ。そこに住まう人が快適にそして長く住み続けられる家を作るということが何より大切なことなのだと思う。

今回の物件で平井さんは、まさに「流れ」の大切さを具現化した。その上で、さらに眺望や周辺環境との調和といったものも見事に成し遂げた。住まう人に寄り添った家づくり。その本質を持ち続ける平井さんは、これからも長く愛される家を造り続けるに違いない。

大きな窓と高い天井が空間の広がりを感じさせ、開放感のある部屋となっている
メゾネットタイプの賃貸住戸。階段上の窓からの陽が差し込み、明るさと空間の広がりを感じさせる
暗くなりがちな廊下の天井には、トップライトからの陽が差し込み明るい

撮影:鳥村鋼一写真事務所

平井 直樹

平井直樹建築設計事務所

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