中村拓志氏インタビュー6/羽田空港第2ターミナルをアレで変身させる

好評の建築家・中村拓志氏インタビュー。第6弾では大きなパブリックスペースを取り上げます。それは、中村氏がデザイン監修した東京国際空港国内線第二旅客ターミナル増築棟/UPPER DECK TOKYO。
広いスペースにさまざまな種類の椅子が並ぶこの空間。今では当たり前になりましたが、当時は驚きの変身ぶりだったのです。空港というパブリックスペースにどのようなアイデアや思いが込められているのでしょうか? 詳しく迫ります。

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Photo : Masumi Kawamura
Photo : Masumi Kawamura

「空港」という特殊な場所でのふるまいを考える

羽田空港第二ターミナルの増築棟を、僕がデザイン監修を担当したのは2010年のこと。羽田空港第二ターミナルに新設された飲食ゾーンを手がけました。ここは当初、通路に沿って店舗が並んでいるだけの、いわゆる「片廊下型」と言われるレイアウトでした。各店舗は閉鎖的な店舗で、それぞれ独自のインテリアを展開させる予定だったのです。

でも、せっかく「空港」なんだから、特有の”ふるまい”を促す仕組みをつくりたいと思ったんです。これから空に飛び立つわけですから、ちょっと空を見上げて雲の流れをよんでみたり、もしくは大きなスーツケースをもって歩いている人を見て、「あの人はどこに行くんだろう」とか思いを馳せてみたり。空港特有の”シズル感”っていうのかな。そういうのをしっかり感じられる空間にしたいな、と。

Photo : Masumi Kawamura
Photo : Masumi Kawamura

そこで、全店舗をテイクアウト制にして、客席を全部外に出してしまうことを提案したんです。フードコートのように席をシェアするイメージで。この形にすれば、席から空が見えるし、下の階のロビーを歩いている人も見える。

「座る」というふるまいの面白さを追求する

Photo : Masumi Kawamura
Photo : Masumi Kawamura

「座る」という行為は、実はとても面白いふるまいなんですよ。たとえば、床座で暮らしていた時代の座り方って何百種類もあるんです。身分の差や性差、そして職業によってもさまざまな座り方があった。たとえば、主人を待つ家来は主人が来たらすぐ立てるように膝を立てて座していた。座るというふるまいに特有の豊かさがあったんです。

それが椅子ができたことでかなり画一化されましたよね。さらに「人間工学に基づいた最も快適な座り方を追求」といったチェアが世に出てきてからは、ますます単一化された感があります。技術や研究が進む反面、豊かさが失われてしまった。

空港でも、同じような椅子が並んでいますよね。でも本来、ここには仕事をしたい人、ゆったりリラックスしたい人、素早く食事がしたい人、仮眠を取りたい人、さまざまな人がいるはずです。

そこで僕は、利用者が思い思いに椅子を選ぶことができるよう、全種類違う椅子を取り入れることを提案しました。椅子は全部で260種類です。

photo : Hiroshi Nakamura & NAP
photo : Hiroshi Nakamura & NAP

もちろん椅子の配置も重要です。似たような形だけど異なる国で作られたものを集める、バーのエリアは全部黒いハイチェアで統一するなど、それぞれコンセプトを決めていきました。あえて似たような形の椅子を集めて配置することで、素材や質感のちょっとした違いが生む座り心地の違いに敏感になったり、さらに家具の歴史的背景を感じたり。そういうことを促せたらいいなって。

たとえば、デンマーク人の家具デザイナー・ウェグナーが、中国の明の時代の椅子にインスパイアされてデザインした木の椅子(Yチェア)があります。さらに、それにインスパイアされてフランス人のデザイナー・スタルクがアクリルを使ってデザインした椅子もあります。このように、椅子ってさまざまな系統図があって、とっても奥深い世界なんです。

さまざまな種類の椅子を置くことの商業的メリット

Photo : Masumi Kawamura
Photo : Masumi Kawamura

あるひとつの場所に全然違う椅子を並べるのは、普通は管理側からすると避けたいんです。単純に考えても、修理やメンテナンスが大変ですからね。

一方で、商業的なメリットもあります。すべて違う椅子だと、空間がにぎやかに見えるんですね。誰もいないお店って入りにくいですよね? また、同じ椅子ばかりが空間に並んでいると、人がいないときにすごく寂しくみえてしまいます。椅子を活用してにぎわいを創出できるというのは、結構大きいんです。

種類の違う椅子が生み出すパブリックスペースの豊かさ

Photo : Masumi Kawamura
Photo : Masumi Kawamura

僕は建築や空間によって、人と人との関わりや共感を生み出したい。豊かなパブリックスペースを作りたい、と考えています。

この空間では、誰がどんな椅子を相手にすすめるのかで、その人達の上下関係が見えてきたり、人の好み――たとえば真面目そうなおじさんがかわいい椅子を選んでいる――がなんとなく伝わってきたり。人を観察することがすごく面白くなった。どんな人がどんな椅子を選んで、どんなふるまいをしているのかを見るのが楽しくなった。

「他人は他人、自分は自分」

という社会が出来上がりつつあるなかで、他者へのあたたかなまなざしを作ることは、豊かなパブリックスペースへの第一歩だと思います。

中村氏の椅子に対する思い

photo by Tadanori Okubo
Photo : Tadanori Okubo (LIMIA)

僕、椅子が好きなんです。NAPの事務所にもいろんな椅子を置いています。アンティークやユーズド家具が多いのですが、それぞれ違っていてそれぞれの良さがあるんですよ。自分で椅子をデザインすることもあって、そのときは直接職人さんのところに行き、いろいろ教えてもらいながら完成させています。実際に見て・触ってみないと分からないことっていっぱいあって。なんて言うんでしょう、こういうのって頭で考えちゃダメなんですよね。

「好きな椅子は?」と聞かれると困ってしまいますが、そのときの気分によって選ぶ椅子が違ってくる。それこそが椅子の豊かさだと思うし、僕が椅子を好きな理由でもあります。

photo by Tadanori Okubo
Photo : Tadanori Okubo (LIMIA)

椅子を作るときの様子を笑顔で語る中村さんがとても印象的でした。みなさんも羽田空港へ行かれた際には、是非中村氏の選んだ椅子に座ってみてください。きっと椅子の豊かさに気づかされるのではないでしょうか。


次回はリボンチャペルです。ロマンティックなトークをお楽しみに!

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