ピアノを楽しみ、お昼寝も。家族をつなぐ吹抜けの広い土間

ハウスメーカーとの打ち合わせで「ピアノの部屋が欲しい」と要望したら、ピアノがぎりぎり入る小さな部屋を提示され、しっくりこなかったSさん。新たに相談を受けた建築家の松岡淳さんが提案したのは、なんとピアノを土間で楽しむという斬新なアイデアだった。しかもこの土間には、ほかにもさまざまな役割があるという。S邸の象徴的な空間となった大きな土間の魅力とは?

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暮らしの楽しみを広げる土間。実家との温かな交流も

S邸のエントランスは、ちょっとびっくりする。玄関扉を開けると、10畳以上ある吹抜けの広い土間。しかも、そこにはグランドピアノがどーんと置かれ、思いもよらない空間の始まりにわくわくしてくるのだ。

実家の敷地内に新居建築を計画し、ハウスメーカーとの打ち合わせを進めていたSさん一家は、ご夫妻と小学生の息子さん・娘さんの4人家族。奥さまと娘さんはピアノが趣味で、グランドピアノを置く部屋が欲しいとの要望をもっていた。だが、提案されたのは本当にピアノを置くだけの狭い部屋。「今思うと、その小さなピアノ部屋という提案が、そのまま話を進める気になれなかった要因かもしれません」とSさんは振り返る。

もっと気持ちを汲み取ってくれて、もっと暮らしが楽しくなるような家をつくってくれるところはないだろうか──。そう考えたSさん夫妻は、奥さまの中学時代の同級生である建築家の松岡淳さんに相談をもちかけた。そこで松岡さんから提案したのが、玄関土間を広く取り、ピアノを置くという斬新なアイデアだ。

「ピアノを置く部屋が欲しいということは、ピアノを弾く人と聴く人がいる、ということ。単にピアノを置ければいいのではなく、音楽を楽しむための空間が必要だと考えました」と松岡さん。依頼者の言葉を額面通りに受け止めず、その奥にある“どんな風に暮らしたいか”を読み取るのが松岡さん流の家づくりだ。

では、それがなぜ、土間になったのだろうか?
「ご要望のひとつに、隣接したSさんのご実家とのつながりが欲しい、というものがありました。そうなるとご家族が集まるLDKはご実家と行き来しやすい1階のほうがいいのですが、ここは住宅密集地で、日当たりを考えるとLDKは2階にするのがベスト。そこで、ご実家と行き来しやすい1階にも、ご家族が憩える空間をつくろうと考えた。打ち合わせを重ねる中で、それは必ずしも部屋でなくてもいいと思い、ご提案したのがこの土間です」

松岡さんの言葉を受けてあらためて眺めると、確かに、S邸の土間はエントランスとして使うだけではもったいない空間だ。大きな窓の先に広がるテラスは、ピアノの鑑賞席にもなるウッドベンチ付き。隣のご実家の庭に面しており、大きな桜の木を始めとする四季折々の花や緑を眺めてくつろげる。天井は開放的な吹抜けで、白い壁にはハイサイドの窓からそそぐ光が映す柔らかな草木の影。風が通り、光が差し、なんとも居心地がいい。

2階の和室が土間の吹抜けに張り出した部分は、オイル塗装したスギ板張り。白壁の空間に茶色い木箱がぽっかり浮いているようで面白い。さらに、ここには4つのフックを隠してあり、インテリア小物やカーテンを吊るすなど自由に彩ることができる。実際、Sさん一家はここにハンモックを吊るし、子どもたちの格好の遊び道具になっている。

「いろいろな使い方ができるのはもちろんですが、広さがあるから、家族4人が同時に靴を履けるのが嬉しくて。先に出た家族を追いかけたりすることなく、みんなで一緒に靴を履いて出かけ、帰ってきたときも一緒に家に上がる。その一体感がいいなあと思っています」とSさん。奥さまも「娘がピアノを練習するほか、息子もよく土間で友達と遊んでいます。隣の実家の庭でおばあちゃんが草むしりしていると、土間で遊んでいた子どもがいつの間にか一緒に草むしりしていることもありますね」と、にっこり。

ご実家との間には塀も柵もなく、土間にいるとご実家の庭がとても身近になるそう。家族が憩える大きな土間があることで、二世帯の温かな交流もおのずと増えているようだ。

どこまでも美しく、四季を感じる開かれた住まい

S邸には、空間をすっきりと広く感じさせるための仕掛けがあちこちにちりばめられている。例えば、実家の庭に面した土間の開口部分。ここはテラスに続く大きな開口で、両端の壁まですべて開けてある。「両端に少し壁が残ると、窓は“壁に空けた穴”になり、そこに壁が存在することを意味します。そうではなく、空間の角まで全部開ければ、その窓は建築の独立した構成要素になる。屋内と屋外の連続性が高まります」

ほかにも、階段から2階のLDKに入るときの視線の先に床から天井までの窓を取ったり、LDKから2階のバルコニーを見る視線の先にやはり床から天井までの窓を設けるなど、視線の行き止まりをつくらないこだわりが随所に。また、リビングの造作テレビ台はあえて6mもの長さとし、連続性で奥行きを演出することで広くのびやかな空間を表現した。

松岡さんは、こう話してくれた。「もともと日本の家は、天井と床と柱、そして紙(ふすまや障子)だけでつくられていました。それがいつしか壁が多い家が主流になり、外とのつながりを感じにくくなった。僕は昔の家づくりをそのまま再現しようとは思いません。でも、現代のライフスタイルに合わせつつ、光や風、自然豊かな眺めを家の中に取り込みたい。昔の家のように屋内と屋外の境界があいまいな、開かれた家を提案したいと思っています」

この考え方が表れている空間のひとつが、2階のLDKに隣接する和室だ。和室は1階の土間の吹抜けに張り出しており、吹抜けに面した部分の和紙ブラインドを全開すると、土間を見下ろす開放的な空間になる。このとき、畳に座った目線から見えやすい位置にあるのが土間のハイサイドの窓。この窓からは、隣の実家の庭にある桜の木が見えるのだ。「桜って、きれいに紅葉するんですよ」と奥さま。春は満開の桜、夏は新緑、秋は紅葉。暮らしの中で自然に目に入る景色が、季節の移り変わりを教えてくれる。

S邸はどこをとっても洗練され、無駄のない美しいデザインだ。でも、無機質、殺風景といったイメージとは明らかに違う。その理由は、屋内にいながら外の自然とのつながりを感じさせる松岡さんの技術が、至るところに活きているからかもしれない。

【松岡 淳さん コメント】
土間にピアノを置くアイデアは一見突拍子もないですが、そもそも土間は日本家屋の特徴的な空間のひとつ。昔は土間でご飯を炊き、食事をすることもありました。現代の生活でまったく同じ使い方ができなくても、何をしてもいいという土間の魅力を最大限に活かしたいと思って設計しています。第2のリビングとして、趣味やくつろぎの時間、おもてなしなど、ご家族の変化に合わせて末永く自由に使っていただけたら嬉しいです。

【夫婦+子ども2人】
松岡さんのプランはそこで暮らすイメージが湧き、土間に置く家具などを選ぶ時間がとても楽しかったですね。土間のハンモックは子どもたちのお気に入り。子どもたちが成長したら、ガラッと趣向を変えたり、1階のアトリエとの一体感を高めたりと、将来的に土間をどんな風に使うか考えるのも楽しい。デザインや屋外とのつながりなどにもさりげないこだわりをたくさん取り入れていただき、暮らしを満喫できるいい家ができました。

松岡 淳

松岡淳 建築設計事務所

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