中庭を活かし「プライバシーと開放性」を同時に実現した家

 JR鎌倉駅から徒歩約15分。住宅と商店が立ち並ぶ市街地の、122㎡(約37坪)の旗竿状の敷地。これが、個人事務所を立ち上げた直後に江藤剛(えとう・ごう)さんが取り組んだ、初めての案件だった。施主様の多彩な要望や、敷地が抱える複雑な課題にじっくりと向き合い、丁寧に解決する江藤さんが作り上げた住まいは、中庭を活かした特徴的な家となった。

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周囲の家から視線を遮りながら、光と風をたっぷり取り込む工夫

 2つの設計事務所で経験を重ねた江藤さんが、独立に向け準備をしていた2012年。従妹のA様から1本の電話が入った。
 「鎌倉で家を建てるための土地を探しているのだが、専門家の目で一緒に候補地を見てくれないか、という連絡でした。敷地は道路からアプローチだけが取れる旗竿型の土地で、隣の住まいとかなり接近しています。A様もそれが気になったようですが、予算など諸条件を考えると、決して悪くない。そこで『いろいろな問題は設計で解決できると思うので、私に提案させてほしい』とお願いしたのです」。
 実はA様夫妻は、江藤さんが独立することはまったく知らなかったそうだ。「そういうことなら、ぜひお願いしたい」と話は進み、これがエトウゴウ建築設計室の最初の仕事となった。

 最大の課題は、間近に迫る隣家からプライバシーを確保しつつ、いかに光と風を取り込むか、ということだった。
 「A様には当初『3階建てにしたい』という希望があったのですが、ご家族の動線や、近隣との関係性、木材の使用が制限されることなどを考えると、2階建てがベターだと判断しました。すぐ南側にある隣家との間には目隠しとなる壁を設置し、そのすぐ内側に中庭を設けることで、プライバシーと開放感を同時に実現しようと考えました」。

 住宅が密集し敷地が狭い都市部において、中庭を設けることは有効な設計手法だ。江藤さんは、この中庭を活かすため、さらに検討を進めた。
 「すべての居室と人の動きが、中庭を中心として展開するようにしました。生活の中心となるリビング・ダイニングは、より明るい2階に配置し、中庭に面したテラスも設けています。テラスの南側には隣地の駐車場に向けて大きな開口部を作り、『壁に囲まれた閉じた空間』という印象を弱めています」。
 実際、中庭に取り込んだ光で2階は非常に明るい。一方で壁に囲まれた安心感から中庭に面した窓にはカーテンなどつけずに開放的に暮らしているそうだ。

 明るさとプライバシーを確保した上で、江藤さんは2階の内装を落ち着いた色と素材でまとめた。床と天井、そして家具類は深みのある茶色で統一。それが砂漆喰の白い壁と、互いに引き立て合っている。
 「和テイスト、アジアンテイストの家具や小物が好きなご夫妻で、リビング中央にある大きなテーブルは以前の住まいでも使っていらっしゃったものです。それを活かすために色や材料をA様と一緒に検討していきました。天井は中庭方向に向けて傾斜を付け、露出させた梁は外まで連続させています。中庭が中心であることを、プランだけでなく形としても表現しています」。

 照明は、光の球が浮いているようなペンダント型のものを採用した。
 「工事中に、糸で吊した模型をあちこちにぶら下げてみて、照明の位置と高さを決めていきました」。そうした細かい検討が、実は住まいのあちこちで行われている。

 「1階は、中庭を中心に子ども部屋と主寝室を配置しています。主寝室の床と天井はシナベニアという木を使っていて、この塗装を私とA様と、そのお父様、3名でやりました。住まいに愛着を持ってもらおうと思って提案したのですが、これが想像以上に大変で(笑)。『職人さんのありがたさがわかった』と3人で苦笑しました」。
 竣工から2年後には、2階のテラスのメンテナンスを江藤さんとA様とで行ったそうだ。
 「やすりをかけて、塗装し直しました。家というのは、手をかけることで住む人のものになっていきます。この家も、竣工直後のなにもない状態よりも、家具を入れてご家族が暮らし始めてからのほうが、ずっといい表情になりました」。

 うれしい誤算もあった。2階にある4畳半の小上がりの和室は、当初「リビングから少し離れているので、孤立した空間になってしまうのでは」と江藤さんは危惧したそうだ。
 「しかし実際には、リビングに大人たちが集まって話をしているときに子どもたちは和室で遊んでいたり、『適度な距離感が心地よい』と好評です。ちなみに畳の下は大型の収納スペースになっており、これも便利に活用していただいています」。
 もうひとつの効果的だったのは、中庭と玄関前に敷いた石だ。
 「ここに建っていた古家の擁壁に使われていたもので、今では採れなくなった鎌倉石という地元の石材です。それを中庭と玄関前のアプローチに再利用しました。すぐに元通りに苔むしたこの石が、新築の家に、歴史の重みを加えてくれました」。
 設計とは、自然や時間も味方に付けて完成するものなのだろう。

常識外の要望が、良い結果を生むことも。だから設計は面白い!

 施主様が親族ということもあり、江藤さんはこの家を何度も訪問している。そのたびに、家族と家との結びつきが強まっていくのを感じるそうだ。
 「子どもたちは朝日の気持ち良い和室で寝ることが多いそうです。その分子ども部屋は開けっ放しにし、中庭と一体で使っていたり。ご家族がこの家の良さを理解し、上手く使いこなしてくれていると感じます」。
 こうした経験を踏まえた江藤さんの設計姿勢は、とても謙虚で誠実だ。
 「奇をてらうのではなく、良いものをしっかり作る。クライアントの要望に、自分の考えやデザインをぶつけることで、永く愛着を持ってもらえる家を作りたいと思っています」。

 そのために、「まずはクライアントの話に耳を傾けます」と江藤さんは言う。
 「予想しないことを要望されたり、セオリーから外れる意見を言われることもあります。それを頭から否定するのでなく、まずはいったん受け止めて、真剣に考えます。あり得ないと思えることも、どうしたら実現できるかを検討していくと、思いがけない解決法を思い付くことがあるのです。この、あれこれ考える過程が非常に楽しいですね。クライアントのためにも、自分自身のやりがいのためにも、謙虚に話を聞き、真摯に考え抜くようにしています」。

 そこにいて気持ちの良い空間。できる限り自然素材を使った、ぬくもりのある家。そんな基本を大切にしながら、江藤さんは多くの住まいを手がけてきた。
 「この仕事以降、首都圏の戸建て住宅を中心に設計しています。どんな家にも敷地条件があり、クライアントの希望があるので、同じような家は一軒もありません。毎回そのクライアントにとっての最高の解答を導き出すのが、この仕事の醍醐味だと思います」。

撮影:木内和美

江藤 剛

エトウゴウ建築設計室

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