アートと建築。 建築家・松島潤平インタビューPart3

~建築家・松島潤平インタビュー連載Part3~

独創的な思考から生まれる唯一無二なデザインが脚光を浴びる注目の建築家・松島潤平氏。短期集中連載として、これまで建築家を目指した経緯やエピソード、具体的な作品の紹介などについて紹介してきましたが、最終回である今回は建築とアートの関係性について語っていただきました。

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「世界を愛する方法」としてのアート

行動を既定する力を持つ建築に対して、既定された物事を解体する力を持つのがアートだと思っています。20世紀以降の現代美術を作ったマルセル・デュシャンによって、「これって美しいよね」から「これってこう見たら美しいよね」に変わった。どう見ても普通のもの、さらには汚いものでも、「考え方ひとつで美しくなるよ」、「人間の価値観っていくらでもコントロールできるよ」って言ったのが現代美術の始まりだと考えています。そこから、アートは美しいものを作ることから、「こう見たら美しいんじゃないですか」ってサジェストする世界に変わっていったと思うんですよね。それってすごくシニカルなことですよね。どんどん逆説を探していくひねくれた世界ですけど、その態度にはすごく共感するところがあります。(笑)

でもそれってひっくり返すとすごく「世界を愛してる」っていうことになると思うんですよ。考え方ひとつで美しいものが増えるとしたら極端な話、世の中全部美しいわけですから。何かを良いもの/悪いもので分けると、悪いものばかりが目立って辛い世界になってしまうけど、その判断の前に「これが世の中に存在してるということは、まず根本的に存在価値があるんだな」という態度を持って、「こう見たらかっこいいじゃん」と思えれば世界って生きやすくなると思うんです。つまりは人間賛美、世界賛美ですよね。そういう意味では、現代美術になって愛のレベルは格段に上がったんじゃないですかね。手続きとしてはシニカルなんですけど、ものすごく愛に溢れた世界だと思っています。

今の世の中、ものの見方を変えてくれる情報っていっぱいあって、それは正しさも間違いもいろいろあって、本当にややこしい状況ですけど、そういったものをまずは何も信じない(笑)。そのうえで、アートにならって「こういう逆説の方が効果的なんじゃないか」という眼差しから建築を発想していきたいですね。建築家は物や情報を統合して整理して“在り方”を既定しないと建てられないんですが、少なくとも設計に臨む時点で想像力を既定するということは避けたいですね。頭の中の価値観を一回解体して、見えてきたもの、見えそうなものを丁寧に組みなおしてあげる。アートは「とにかく解体しました」っていう問題提起型の世界だと思うんですが、建築は問題解決型の世界として、それをもう一回統合するところまで責任がある。

問題解決型ならではの想像力というか、一回解体したものをもう一度組み直すという面白さも地味ながら侮れないんですよ。突拍子もないことですが、将来たとえば平均身長が2メートルになった世界で建築はどう変わるのかといったような、それくらいの想像力を持ちながら現実的な設計に臨みたいですね。アートの方々はとっくにやっていることなんですけど、そこに建築ならではの丁寧な統合・構築力をもってフォローしていけるようになりたいですね。

あとアートはとにかく圧倒的にスピードが速いですね。建築は考えてからできあがるまで数年かかるんですけど、アートって身体的に一瞬で覚える違和感をもって一瞬で固定概念をぶち壊していきますよね。すごく暴力的とも言えますが、そのような言語もまったく追いつかないスピードに憧れます。そんなに早く既成のものを変えていけるのか、と。それと同時にアートに対しての人間のアンテナの繊細さ、人間の違和感を感じる能力も常々すごいなと思っています。アートが伝達する情報の速さと多さは、建築はもちろん言語ですら全く歯が立たちませんが、それを傍受できる人間という動物の敏感さを逆照射するという意味でも、つくづくアートは人間賛美のツールだと思いますね。

生存術としてのアート・建築

ちょっと話は飛ぶんですけど、“美しさ”をいろいろなスケールで捉えることについて、ランドスケープ・アーキテクトの石川初さんが非常に面白いたとえ話をおっしゃっていました。日本の桜ってほとんどソメイヨシノですよね。ソメイヨシノってほとんどクローン、つまり全部同じDNAを持っています。だから植物学者さんとか日本の桜に詳しい人からは、日本全国同じ桜が咲くことに対して全然魅力がないというご意見があります。それも確かに分かるんですけど、同じDNAだからこそ、開花する条件って全部一緒になりますよね。そうすると、南から暖かくなる日本には「桜前線」というものが現れる。春という季節って具体的に見えず、総合的に感じるしかないけど、ソメイヨシノが一斉に咲くことで「春の到来」という概念的なものがバチッとが可視化されてしまう。日本列島の形をなぞりながら桜前線をみんなで楽しみに待つ、という現象は一つの桜という存在を超えた、大きな美しさですよね。

つまり、あらゆるモノには、それ自体の持つ美しさの他に、モノに宿る情報の掛け合わせがもたらす別の水準の美しさが備わっているわけです。建築も、いろんなモノの情報が入り乱れるものです。そうすると、モノに張り付いている情報が掛け合わさって、勝手にいろんな物語を発し始めます。要するに建築ってどこまでも支離滅裂なんですよ。どれだけロジカルに作ろうとも、使う素材に宿る記憶が人によって全然違うので、別の解釈を生んでしまう。それはもはや設計でコントロールしきれないんですけど、その雑多さを一つの美学に矯正するのではなく、「とにかくいろんな情報が集まっている」という饒舌な状態が持つ多色混合の美しさを意図的に目指したいと思っていますね。

ひとつの信念でつくられた建築は、その社会の価値観が変わったら一気にゴミになってしまうかもしれない。それに対していろんな情報や価値観をもっているものならば、明日なにかの価値観が変わったとしても全然たいしたことではない。むしろ変わったことで別の価値観が生まれるかもしれない。つまりすごくメンタルが強くなることにつながると思うんですよ。

情報にまみれた世界の中で既定されたひとつの正義や倫理だけを信じて生きると、あっという間に死にたくなってしまうようなリスクがある。日々いろんな価値観がコケて生まれてっていう時代なので、とにかくそういう膨大な情報に対して自分を膨大に分裂させて、膨大な価値観を持てる人間が一番強いと思うんです。建築はモノを扱う職業ですけど、いろんな情報を同じまな板で扱えるという、情報に対して一番フラットな態度でリンクをたくさん張れる職業でもあると思っています。アートの精神と同様、自分や周りの言うことを疑ってかかるシニカルなやつほどたくましいし崩れない、しかも生きるほどに楽しいと思うんですよ。アートや建築は生存術のひとつかもしれませんね。小学校の授業で「建築」がある未来をよく想像しています。

お気に入りの場所「芝浦」

「自分の身体や想像力を完全に超えている場所」として、僕が東京で一番好きな場所が「芝浦」です。特にレインボーブリッジの足元でゆりかもめがグルっと回るところが一番好きですね。ああいう巨大なインフラが高低差を解消するという即物的な理由であんな円を描いて登っていく感じ、そうしてできた暴力的なものがすごく特別な空間を生んでいるというか。その場所を気持ち良くするための空間でもなんでもないし全く別の事情でできているんですけど、円で囲まれた場がなんだか宗教的な聖域に見えるのが爽快で、用もなくよく行くんですよ。(笑)
「一見、人間のことをなにも考えてない空間」が好きなのは単純に自分の想像力を超えているから、自分の身体の経験的感覚からは絶対に生まれないものだから、という理由のほかに、わかりやすくヒューマニックのものでは決して担いきれない、隠れた巨大な包容力や生命性にゾクゾクしているのだと思います。

僕にとって芝浦のあのループしている場所が一番「東京」っぽいなと思える場所でして。東京ってどこまでもインフラストラクチャーの街ですよね。交通機関や上下水道等のインフラが徹底的に整備されている。そのインフラを、移動のときは何気なく使うんですけど、例えば首都高の高架下とか生活のレベルにおいては全然違う体験を生んでいる。その感じがとても東京っぽいなと思っていますね。関東大震災や戦争経験から、例えば環七とかは大火事が起きてもその外の街区に延焼しない意図で作られているように、多くの人間が生き残るための整備がされていますよね。都市の図式自体は非常にドライな態度で決定されていて、別にそこで住む人の景観とかは考えられていない。でもそこにいる人はその特別な事情で作られた特別な形を愛しながら使っている状況、どこか暴力的だけど、そこへ大きな愛を見出している、何ともアンビバレンツな状況が好きです。建築って色々な意味や思惑があったりするんですけど、作って使う長い年月のなかでそれを時に裏切ることもできたり、また裏切られたり、そんな想像もつかないようなことを秘めているところが魅力的だと感じています。

建築や都市は大きくて頑なだけど、どこまでも生命性に溢れた存在だということを再認識してもらえるような作品をつくっていきたいと思います。

松島潤平
1979年 長野県生まれ。2003年、東京工業大学工学部建築学科を卒業し2005年東京工業大学大学院修士課程修了。2005年から2011年にかけては有名建築家・隈研吾氏率いる隈研吾建築都市設計事務所に勤務。そして2011年に独立し「松島潤平建築設計事務所」を設立した。主な作品は QILIN(住宅・2013年)、MORPHO(オフィス・2013年)CUTTLEBONE(会場構成・2013年)、LE MISTRAL(店舗・2014年)、育良保育園(保育園・2014年)TEXT(住宅・2015年)など。2010年にはTEAM ROUNDABOUTで現代アート専門メディア『ARTIT』とコラボし、WEBマガジン『ART AND ARCHITECTURE REVIEW』を創刊、2014年まで同サイト内の『LITHIUM_BLOG』を連載するなど、アートやカルチャーにも精通する今注目の建築家だ。


●取材協力
松島潤平建築設計事務所 / JP architects
東京都港区南麻布2-9-20
E-mail:office@jparchitects.jp
TEL:03-6721-9284

http://jparchitects.jp

取材・撮影:小久保直宣(LIMIA編集部)

松島潤平氏インタビュー記事Part1、Part2はこちら

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